遺伝子から解き明かす「脳」の不思議な世界

遺伝子から解き明かす〈脳〉の不思議な世界

編著=滋野修一、野村真、村上安則

B6サイズ/520ページ/4500円+税/2018年12月15日発売/ISBN978-4-909383-05-1/欧文タイトル:Mystery world of the brains revealed by genes. – 500 million years of the evolutionary history

生き物の最上位中枢である脳。動物は5億年におよぶ進化において、その脳の中で新たな領域の出現、脳神経回路の効率化などを通し、あらゆる環境に適応してきた。このような脳の進化の具体的な様子を、目覚ましい進展を見せる遺伝子研究の視点によって、プラナリアなど原始的な生き物から、鳥類・魚類また両生類・爬虫類からクジラ類やヒト、昆虫に至るまで、豊富な写真やイラストとともに、脳進化の具体的な様子を鮮やか、かつ詳細に解説。

 原始的な生物からヒトの脳さらにAIまで、
あらゆる動物の脳の進化プロセスをあとづけた
「脳から見た生物の進化ストーリー」

〈3つの特徴〉

1 脳の進化ストーリーを網羅

脳の起源となった原始的な生物での神経系の集中をはじめ、プラナリアにみる感覚器官と中枢神経系の進化プロセス、長期短期の記憶など高い学習能力を持つ巨大な脳を発達させたタコやイカ、水中生活に適応し電気感覚をも発達させた魚類の脳、並外れた大きな平衡器をもつ翼竜の脳、高度な認知・行動を司る独自の脳を獲得した鳥類、霊長類とは異なる高い知能を水中生活で発達させたクジラ類、そして意識をもち言語を駆使し、またこころを生み出す特殊な脳を獲得したヒト、さらにヒトを凌駕するほどの超知能を目指すAIなど、生物という概念を超えて進化を続ける脳の全貌を一冊に収録。

2 最新の脳科学の知見に言及

起源から現在のかたち・機能を獲得するまでの脳の進化の経緯や、さまざまな動物のもつ多様な感覚とそれを進化させた背景、またそれぞれの脳領域の発生の仕組みなど、日進月歩で発達する分子レベルので研究によって明らかにされてきた最新の脳研究の知見を紹介

3 webコンテンツ展開

巻末に記載されたシリアル番号(発売時シール貼付)を、一色出版のトップページにある「webコンテンツはこちらから」をクリックしたあとに入力すると、本書の内容全てが見られるサイトへ入れます。各デバイス対応デザイン(レスポンシブ)で、画像は高解像のカラーで掲載され、拡大閲覧もスムーズ。さらに動画も視聴できます。パソコンはもちろんスマートホンでも読みやすく、いつでも読書を可能にします。
通常の電子書籍(kindleなど)では難しかった、見開きにわたる大きな画像の見やすいレイアウトなど、ビジュアル面を重視した体裁にしています。

【目次】

第1章 脳の研究史
古代エジブトとギリシアにおける研究史/18世紀以後の進化をめぐるアカデミー論争/ニューロン説をめぐるカハールとゴルジ/神経回路の追跡方法と顕微形態学の発展/分子生物学の興隆/脳と人工知能/脳の完全地図の作成とコネクトーム/コラム 頭部分節説/コラム 脳の構成要素︱ニューロンとグリア/コラム 脳の三位一体説

第2章 脳の起源︱中枢神経系の誕生
原始的な脳/中枢神経系の構造/進化の過程を理解する︱最大節約法/動物の系統樹/原始的な動物の神経系/様々な進化のシナリオ/ヒドラそして鍵をにぎる刺胞動物の神経/刺胞動物の神経系/中枢神経系の起源はどこに?/遺伝子から明らかにされた新事実/体と神経系を作る遺伝子/神経細胞を生み出す遺伝子/神経伝達物質と神経ペプチドの起源

第3章 脳の再生と集中神経系の起源︱プラナリアの脳
扁形動物、プラナリア/プラナリアの脳のかたち/プラナリアを通して見る感覚器官の進化/環境応答行動と神経回路/高次な脳機能/脳の再生/脳を頭部につくる仕組み/コラム Readyknock

第4章 小型でハイスペックな脳の獲得 |昆虫の脳
昆虫にも脳がある/私たちの脳と昆虫の脳/昆虫が感じる世界/昆虫も覚え、学ぶ/昆虫の社会性と分業/脳の機能を支える分子レベルの仕組みと遺伝子

第5章 知能の普遍デザインとは何か︱タコと軟体動物の脳
知能は独立に進化する/異端がもたらした3つの革命/軟体動物と脳の多様性/タコとイカの巨大脳/明かされたゲノム/南極のタコから見つかった多量のRNA編集量/脳の発生から原型を探る/タブーを超えて見えてきたデザイン原理/タコのホムンクルスはどこに?/おわりに︱未知なる意識の神経基盤そして人工知能

第6章 脊椎動物の脳の誕生前夜︱ギボシムシ、ホヤ、ナメクジウオの脳
由来の歴史は化石に残らず/鍵を握る役者たち/明らかにされた遺伝子とその発現パターン/脳の起源と脊椎動物の原型を再考する

第7章 脊椎動物の脳の起源︱円口類の脳
顎を持つものと持たないもの/脊椎動物の脳の起源の謎を解く生物︱円口類/初期の魚類/脊椎動物の脳の多様性と普遍的パターン/脳の起源の探索その①︱化石を使った探索/脳の起源の探索その②︱発生に関わる遺伝子を使った探索/進化発生学が見いだしたもの/菱脳の起源/小脳の起源/中脳の起源/間脳の起源/終脳の起源

第8章 水生に最適化した脳の多様化︱魚類の脳
魚類の脳の構成要素と外形/なぜ真骨類の脳は多様なのか?/運動中枢/真骨魚類特有の脳部位とその多様性/膨隆が形成されるメカニズム/コラム 電気感覚と発電魚

第9章 脳進化の分水嶺︱爬虫類の脳
爬虫類を飼育する/爬虫類とは/爬虫類の起源/爬虫類の脳/爬虫類の大脳︱祖先型か、それとも独自の進化の産物か?/謎のDVR/果てしない論争/兵隊の位でいうとどれくらい?/コラム 爬虫類の脳の外観/コラム 翼竜とその脳について

第10章 もうひとつの高次脳システムの出現︱鳥類の脳
鳥類とは/大脳皮質のない鳥の脳︱Bird brain?/大きな外套の発生メカニズム/刷り込み/小鳥のさえずり/実行制御機能と巣外套/カラスの大きなDVR/恐竜脳は鳥脳が大きくなった理由を語るか

第11章 広範な適応拡散を可能にした大脳皮質の獲得︱哺乳類の脳
奇妙な標本/哺乳類型脳の特徴/大脳皮質の解剖学的特徴/何故層構造なのか?/インサイド-アウト方式による大脳皮質形成/神経細胞の誕生日をいつ誰が決めるのか/移民のような神経細胞/哺乳類型大脳皮質の進化

第12章 水中生活への挑戦︱クジラ類の脳
クジラ類の脳︱特殊な進化を遂げた哺乳類/クジラ類の頭部/クジラ類の感覚︱水中で生きるということ/クジラ類の中枢神経に起きた変化/クジラ類の終脳/クジラ類の新皮質/新皮質の領野について/終脳の線維連絡/クジラ類の聴覚系︱水中で生きるための様々な改変/コラム 脳神経

第13章 脳進化、その特殊化の極致︱ヒトの脳
暗闇に浮かび上がる祖先の痕跡/草原への適応と脳の進化/ヒト胎児脳に存在する特殊な細胞/言語は遺伝子によって進化した?/祖先の遺伝情報を入手する/祖先の意識の復活は可能か?/再び洞窟へ/過去を照らすランプを手にして

執筆陣

【編著者】

滋野修一(しげの・しゅういち)担当章:「第1章、第5章」
岡山大学自然科学研究科博士課程修了。博士(理学)。現在、シカゴ大学神経生物学科研究職員・アルゴンヌ国立研究所客員研究員。共著に「無脊椎動物の神経系における発生と進化」『進化学辞典』(共立出版・2012年)、監修に『深海のふしぎ』(講談社・2016年)、編著に『Brain Evolution by Design』(Springer Nature・2017年)などがある。

野村 真(のむら・ただし)担当章:「第9章、第11章、第13章」
名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。現在、京都府立医科大学大学院医学研究科准教授。編著に『Brain Evolution by Design』(Springer Nature・2017年)がある。

村上安則(むらかみ・やすのり)担当章:「第7章、第9章、第12章」
名古屋大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。博士(理学)。現在、愛媛大学大学院理工学研究科准教授。著書に『脳の進化形態学』(共立出版、2015年)、編著に『Brain Evolution by Design』(Springer Nature・2017年)などがある。

【執筆者】(執筆順)

渡邉 寛(わたなべ・ひろし)担当章:「第2章」
東京工業大学大学院生命理工学研究科単位取得退学。博士(理学)。東京都臨床医学総合研究所研究員、ハイデルベルク大学研究員を経て、現在、沖縄科学技術大学院大学准教授。主に刺胞動物の神経系を対象に研究を進めている。共著に『Brain Evolution by Design』(Springer Nature・2017 年)がある。

井上 武(いのうえ・たけし)担当章:「第3章」
岡山大学自然科学研究科博士課程修了。博士(理学)。現在、学習院大学理学部生命科学科助教。共著に『生き物たちのつづれ織り―多様性と普遍性が彩る生物模様』(京都大学学術出版会・2012年)、『再生医療シリーズ―脳神経系の発生・再生の融合的新展開』(診断と治療社、2015年)、『Brain Evolution by Design』(Springer Nature・2017 年) などがある。

上川内あづさ(かみこうち・あづさ)担当章:「第4章」
東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)。現在、名古屋大学大学院理学研究科教授。共著に『動物行動の分子生物学』(裳華房 、2014年)などがある。

石川由希(いしかわ・ゆき)担当章:「第4章」
北海道大学大学院環境科学院博士課程修了。博士(環境科学)。現在、名古屋大学 大学院理学研究科講師。共著に『行動遺伝学入門』(裳華房、2011年)などがある。

勝山 裕(かつやま・ゆう)担当章:「第6章」
東京都立大学理学研究科博士課程修了。博士(理学)。現在、滋賀医科大学解剖学講座教授。大脳皮質の発生と機能についてReelinシグナルに注目し研究している。主要論文に「Developmental anatomy of reeler mutant mouse」(Dev Growth Differ. 51 (3): 271-286.)などがある。

山本直之(やまもと・なおゆき)担当章:「第8章」
東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。博士(理学)、博士(医学)。現在、名古屋大学大学院生命農学研究科教授。主要論文にA new interpretation on the homology of the teleostean telencephalon based on hodology and a new eversion model(Brain, Behavior and Evolution, 2007年)がある。

伊澤栄一(いざわ・えいいち)担当章:「第10章」
名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程修了。博士(農学)。現在、慶應義塾大学文学部准教授。論文に「A stereotaxic atlas of the brain of the jungle crow(カラスの脳地図)」Watanabe &Hofman編『Integration of Comparative Neuroanatomy and Cognition』(2007年・Keio University Press)などがある。

ミエリン鞘はとも呼ばれ、軸索に巻き付いて絶縁体として働く構造である。これにより神経パルスはミエリン鞘の間隙を跳躍的に伝わる(跳躍伝導)ことで神経伝達が高速になる。ミエリン鞘は末梢神経系の神経ではシュワン細胞、中枢神経系ではオリゴデンドロサイトから構成される。

脳の中にある空洞のこと。脳脊髄液で満たされている。脊髄にあるものは中心管と呼ばれる。

神経堤細胞は脊椎動物の発生時に見られる神経管に隣接した組織。頭部では神経、骨、軟骨、甲状腺、眼、結合組織などの一部に分化する。

細胞の生体膜(細胞膜や内膜など)にある膜貫通タンパク質の一種で、特定のイオンを選択的に通過させる孔をつくるものを総称してチャネルと呼ぶ。筒状の構造をしていて、イオンチャネルタンパク質が刺激を受けると筒の孔が開き、ナトリウムやカルシウムなどのイオンを通過させることで、細胞膜で厳密に区切られた細胞の内外のイオンの行き来を制御している。刺激の受け方は種類によって多様で、cGMPが結合すると筒の穴が開くものをcGMP依存性イオンチャネルと呼ぶ。TRPチャネルも複数のファミリーからなるイオンチャネルの一群であり、非選択性の陽イオンチャネルである。発見された際に用いられた活性化因子の頭文字や構造的特徴から、A (Ankyrin), C (canonical), M (melastatin), ML (mucolipin), N (no mechanoreceptor), P (polycystin), V(vanilloid)の7つのサブファミリーに分類されている。TRPは、細胞内や細胞外の様々な刺激によって活性化してセンサーとして働いたり、シグナルを変換したり増幅したりするトランスデューサーとしての機能も併せ持つ。温度センサーやトウガラシに含まれるカプサイシンのセンサーとしても機能していることが知られている。

任意の遺伝子の転写産物(mRNA)の相同な2本鎖RNAを人工的に合成し生物体内に導入することで、2本鎖RNAが相同部分を切断して遺伝子の発現を抑制する手法。2006年には、この手法の功績者がノーベル生理・医学賞を受賞している。

様々な動物種間で塩基配列やアミノ酸配列を比較することによって、類似性や相違を明らかにする手法。この解析によって動物種間の近縁関係や進化の過程を予測することが可能になる。

発生過程で神経管を裏打ちする中胚葉組織であり、頭索類・尾索類では背骨のような支持組織としての役割を持つ。脊椎動物では運動ニューロンの分化を誘導するなど発生学的役割を持つ

魚類に顕著にみられる鰓のスリットで、哺乳類では発生の初期にはみられる。発生が進むと複雑な形態形成変化が起き、消失するが、外耳孔などは鰓裂の名残ということができる。

動物の初期発生において最初の形態形成運動として原腸陥入が起こる。原腸は消化管に分化する。この原腸陥入によって生じる「孔」を原口と呼ぶが、これが将来の動物の体の口になるのが前口動物であり、肛門になるのが後口動物である。半索動物、脊索動物は後口動物である。

ナマコの幼生のことをオーリクラリア幼生と呼ぶが、ウニのプルテウス幼生、ヒトデのビピンナリア幼生、ギボシムシのトルナリア幼生など、形態的共通性をもつ幼生全体をまとめてオーリクラリア(型)幼生と呼ぶ。今日ではディプルールラ型幼生という呼び方が広く使われている。この説はガルスタングが1928年に提唱した。その時代にはオーリクラリアという用語が使われたため(ディプリュールラ説ではなく)オーリクラリア説と呼ばれている。

Hox遺伝子はショウジョウバエで発見されたホメオティック遺伝子の相同遺伝子である。無脊椎動物のゲノムには基本的に1つのHoxクラスターがあり、脊椎動物のゲノムには4つのHoxクラスターがある。Hoxb1は4つあるクラスターのうちのBクラスターに属する1番目のHox遺伝子という意味である。

脊椎動物胚の後脳領域には頭尾軸にそった分節性(等間隔の仕切り)がみられる。この各分節をロンボメアと呼び、図14に示すように7番目までは形態的に明瞭に観察できる。

脊椎動物のゲノムにはふたつか3つのIsletが存在する。Isletは脳幹(延髄、橋、中脳)の運動性脳神経核に発現して、運動ニューロンの分化に関与している。

感桿型では光刺激はホスホリパーゼCとイノシトールリン酸経路を活性化させる。繊毛型ではホスホジエステラーゼによる環状GMPの代謝が関与している。

気嚢による換気システムは獣脚類と呼ばれる恐竜から鳥類に至る系統で段階的に進化していったと考えられる。

このような特異な形態は胚発生期には見られず、生後に発達する。その過程は頭骨に見られる「テレスコーピング現象」と並行して進む。

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卵や精子、その元となる始原生殖細胞などを指し、子孫に遺伝情報が引き継がれる細胞そのものである。

卵や精子を作る減数分裂において、母由来の染色体と父由来の染色体が対合したときに、同じ領域がランダムに入れ替わる(組み換えられる)。つまり、我々の”配偶子の”染色体は、父親と母親由来の染色体がモザイク状に入り交じったものなのである(体細胞の染色体は免疫グロブリンなどの一部の領域を除いて基本的には均一なものと考えられている)。

 タンパク質にコードされる遺伝情報をもつ塩基配列。狭義にはゲノムDNAのうち、mRNAに転写され、タンパク質になる部分。近年は、タンパク質に翻訳されないものの、機能をもつtRNA、rRNAやノンコーディングRNAなども遺伝子の中に含められるようになっている。本書では、特に注意書きのない限り、タンパク質の元となるmRNAになる部分を遺伝子、と呼ぶ。

 では、その転写因子はなにが発現させるのか、というと、やはり別の転写因子である。卵の段階から、母親からmRNAとして最初期に発現する遺伝子は受け取っているので(母性RNA)、発生の最初期に使う転写因子を含む遺伝子群に関しては、転写の必要がないのである。その後、発生、分化が進んでいくと、それぞれの細胞集団に必要な転写因子が発現し、実際に機能をもつ遺伝子の転写を促す。

遺伝子は、核酸配列の連続した3塩基(コドンと呼ばれる)が1アミノ酸に対応し、順々にペプチド結合で繋げられてタンパク質となる。3つの塩基は43=64通りになるが、アミノ酸の数は20個、stopコドンを含めても21種類しかない。したがって、同じアミノ酸をコードするコドンは複数あり、たとえ変異が入ってもアミノ酸は変わらないことがある。これを同義置換と呼ぶ。一方で、変異によってコードするアミノ酸が変わってしまう置換を非同義置換と呼ぶ。

 ふたつの系統が祖先を共通にした最後の年代。本章では、近年の分岐年代推定を利用して作成された系統樹(当該文献[9]のFig.1を参照)からおよその年代を読み取り、記入している。

 アフリカツメガエルや、コイ科、サケ目など、進化上の随所でも全ゲノム重複が起こっている。

 最もよく知られている放射性同位元素による年代測定は、放射性炭素年代測定である。炭素12Cは紫外線や宇宙線によって、空気中では一部(1/1012)が常に14Cに変換されている。つまり、大気中ではいつの時代も1兆個の炭素原子のうちひとつが14C、残りが12Cという割合なのである(太陽活動の変化などにより若干のブレはある)。しかし一旦生物の体内に炭素が取り込まれ、そしてその生物が死に、地中に埋まってしまえば、もう宇宙線も紫外線も当たらないので、14Cへの変換は起こらない。ここで14Cは放射性同位元素であることに注目したい。14Cは約5730年で半分が崩壊し12Cに変換される。したがって、14Cの比率でいつその物質が地中に埋まったのかがわかるのである(文献7)。

 ただし、この放射性炭素年代測定では、14Cの検出限界の関係で、せいぜい6万年が限界である。それより昔は火山岩に含まれる物質の、やはり放射性崩壊の半減期を元に推定される。例えば、K-Ar法では、40Kが40Arに13億年の半減期で放射性崩壊することを利用する。溶岩からできたての火山岩か、あるいは何億年も経ったものかを調べることができる。40Kは岩石中に元々大量に存在するため、差異を検出することは不可能だが、40Ar(常温で気体)は大気中には微量しか含まれないため、岩石中に封入された気体の中の40Arの含有率を計測することにより、その岩石の古さがわかる。当然、40Arの率が高い物が古い岩石である。このように、複数の放射性元素の崩壊の半減期から地質年代というのは推定される。

 南米にもごく少数ながら有袋類が現存しており、これらのゲノム解析・比較から、オーストラリア・南米で現生の有袋類の共通祖先は、実は南米で生まれ、当時陸続きだった南極大陸を経て、オーストラリアにいたったと考えられている。

 世界で最も臭いといわれているシュールストレミングをネットで取り寄せて購入したとき、人々は逃げるどころか、わざわざ悶絶するために集まってきた。いい匂いの物を取り寄せても20人もの人数は集まるとは思えず、怖い物見たさという悪趣味な好奇心はたいしたものである。無論、取り寄せた私も例外ではない。ちなみに、シュールストレミングはひとかけらをクラッカーの上に載せるくらいの食べ方なら悪くない気もする。

このふたつの硬骨の作られ方について、第3章に詳述があるので参照。

 ガノイン鱗には我々の歯のエナメル質を作る遺伝子と相同な遺伝子が発現しており(文献18)、イメージとしては歯で身体を覆われているようなもので、当然極めて強固である。

 遺伝子にはその由来によっていくつかの異なる呼び名がある。オーソログとは、共通祖先がもつある遺伝子Aが、種分化によって2種以上の生物に受け継がれた時、受け継がれた遺伝子たちをオーソログと呼ぶ。パラログとは、遺伝子重複によって生じたふたつ以上の遺伝子を指す。最近では大野乾氏の功績をたたえ、ゲノム重複によって生じたパラログで現存するものを特にオオノログOhnologと呼ぶ。

 異化と同化……この2種類の化学反応によって生命活動は維持されている。異化は物質を分解してエネルギーを取り出す代謝経路、同化はエネルギーを使って必要な物質を体の中で作り出す代謝経路。

 アデノシン三リン酸の略。生体内のエネルギー通貨として、様々な化学反応に用いられている。

 組織中の核酸分子(ここでは特定の遺伝子から転写されたmRNAを指す)の分布を検出する手法。調べたい遺伝子の塩基配列を元に、そのmRNAに特異的に結合する分子を設計・合成することで特異度の高い検出が可能となっている。

 通常の生物の核ゲノムはそれぞれの両親に由来する染色体が2本1セット存在し(ディプロイド)、その染色体間で組み替えが起こるため遺伝的な由来を辿る作業がしばしば煩雑になる。しかしミトコンドリアは母親由来であるため(ハプロイド)、そのゲノムを利用することで比較的簡便に遺伝的な類縁関係を遡ることが可能となる。

 増幅断片長多型:制限酵素で切断したゲノムDNA断片をPCRにより増幅し、断片の長さの違いを網羅的に検出比較する方法。この断片長の違いを種間の類縁関係の推定に使用することが多い。

 sexual conflict。ある形質が片方の性にとっては有利だが、もう片方の性にとっては不利な場合にオスメス間で生じる対立。

 次世代シーケンサーを利用して、各組織に発現する遺伝子の種類や量を網羅的かつ定量的に推定する解析方法。

 真核生物のゲノムに散在する反復配列のうち、一度DNAからRNAに転写され、その後に逆転写酵素の働きでcDNAとなってからゲノム中の別の座位に組み込まれるものを指す。数多くのレトロポゾンが存在しており、例えばヒトゲノムは約40%がレトロポゾンによって占められている。

 太陽光には連続したことなる波長成分の光が含まれているが、その波長によってエネルギーが異なるため、水中に到達する波長成分の割合が深さによって異なることがわかっている。特に濁ったビクトリア湖のような水環境では浅場の方が短波長である青色光の成分が多く、深場では長波長の黄色〜赤色の成分が多いことがわかっている。

 タンパク質をコードするDNA配列上の塩基置換にはアミノ酸の置換を伴う非同義置換と、伴わない同義置換がある。一般に、同義置換は生体に影響を及ぼさないため中立であるが、非同義置換は生体にとって不利であることが多い。ただしタンパク質の機能変化が個体にとって有利な場合は非同義置換の割合が上昇することが知られており、それを正の自然選択と呼ぶ。同義置換と非同義置換の割合を統計学的に比較する方法がある。詳細については第7章およびコラム「適応進化に関わる候補遺伝子や候補領域を絞り込むアプローチ」を参照。

   発生初期の胚の一部の細胞群から作られ、生殖細胞を含む様々な組織に分化可能な性質(多能性)を有する細胞株。英語名(embryonic stem cells)の頭文字をとって、ES細胞と呼ばれることも多い。

 変異体を元になった親系統と交配すること。TILLING変異体に関しては変異以外の部分を親系統由来のゲノムに置換するために行う。1回の交配で全体の50%の領域が置換されるため、90%以上を置換するためには最低4回の、99%以上を置換するためには最低7回の戻し交配が必要である。

 タンパク質の二次構造のうち代表的なモチーフのひとつ。水素結合により形成されたらせん状の形である。

 Francis Crickが1958年に提唱した、遺伝情報がDNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質、という流れで伝わるという概念のこと。分子生物学の基本となる極めて重要な概念である。

 ヒメダカの原因遺伝子としてだけでなく、ヒトの先天性白皮症(つまりアルビノ)やホワイトタイガーの原因遺伝子としても知られる。水素イオンを運ぶトランスポーターをコードすることがわかっているが、その黒色素産生(メラニン合成)における機能は未解明な点が多い。

 相同組換えの鋳型となる外来DNA断片のこと。通常、導入したい配列(GFP遺伝子や特定の塩基置換など)の上流・下流それぞれに、導入したいゲノム領域と相同な配列(相同アームと呼ばれる)を持ったDNA断片である。

 RNAポリメラーゼが結合し、RNAを転写するのに必要最小限の遺伝子上流配列。通常、単独では下流の遺伝子は転写されないが、周辺に転写活性化領域(エンハンサーなど)が存在すると、その影響を受けて下流に存在する遺伝子が転写される。

 オオシモフリエダシャクの「工業暗化」の例を考えるとわかりやすい。これは、産業革命以降のイギリスで、暗化型と呼ばれるより黒い個体の割合が多くなったとされる例である。この蛾は、自然が多い地域では淡色型が目立ちにくく、鳥に捕食されづらかったが、すすで黒くなった木が多い工業地帯では、より黒い暗化型のほうが目立ちにくく、生き残りやすかった。この場合、仮に蛾の色をより黒くするアミノ酸変異が生じたとすると、そのアミノ酸変異は工業地帯で生存に有利で、固定されやすいだろう。ちなみに、近年、具体的にどんな遺伝的変異がこの工業暗化に関わっていたのかが詳細に解析されつつある。

 SWS = short wave sensitive opsin、つまり短波長の光に感受性をもつオプシンのサブタイプ。

 第4章にも記載されているように、深いところには波長の長い赤い光のみが届く傾向がある。つまり、水深の深いところに棲む集団では、青い光を感受するSWSの機能は重要ではなくなってしまう。

 Gタンパク質はGTP結合タンパク質ともよばれ、GTPと結合することで活性化される。GTPを加水分解する性質をもっており、結合しているGTPがGDPに加水分解されると自身が不活性化される。受容体からの信号を中継するものは三量体(α、β、γサブユニット)として存在している。

 神経伝達物質は、放出された後、即座に分解されなければ迅速な伝達を成し得ない。したがって、こういった分解酵素の存在は、ATPが実際にその部位で神経伝達物質として働いていることの傍証となる。

 セロトニンは生体内に存在するモノアミンの一種であり、神経系では神経伝達物質として機能する。生体内のセロトニンの大部分(〜95%)は腸管に存在しており、神経系に存在するものは割合としては小さい。神経系では中脳の縫線核という部位のニューロンで産生され、情動機能等に関係しており、セロトニンの再取り込み阻害剤には抗鬱薬の作用がある。味蕾に存在するセロトニンはそれらとは別の働きをもっていると考えられる。

 迷走神経には感覚性の線維と運動性の線維の両方が含まれており、ここでの迷走感覚神経とはその中の感覚性の要素のみを指す。

 神経細胞(ニューロン)で、突起状の構造(軸索や樹状突起)以外の、核の周辺部の構造を細胞体という。

 ある細胞が放出するリガンドが、その細胞自身の受容体に働くことを自己分泌という。近傍の細胞の場合は傍分泌と呼ぶ。近隣の同じ性質をもった細胞に作用する場合と、自分自身に働く場合を合わせて、自己・傍分泌と呼ぶことが多い。哺乳類のキスペプチンニューロンは、キスペプチン以外に放出するニューロキニンB、ダイノルフィンと呼ばれるペプチドが、キスペプチンニューロン自身に作用することで、アクセルとブレーキのように働き、そのタイムラグでキスペプチンの放出を間歇的に引き起こす。これが前述のGnRHパルスを生み出しているとされている。

 市場に出ている子持ち昆布の中には、ニシン以外の魚(タラの仲間など)を用いて加工されているものもある。また、本物のニシンの卵の場合も、自然に海藻に産みつけられた卵はもっとまばらなので、あのようにびっしりと卵が並んで食べ応えのある子持ち昆布は人為的に作られているようだ。

 タンパク質の一次構造を形成する際にアミノ酸間に形成されるペプチド結合ではなく、側鎖にあるアミノ基とカルボキシル基の間に形成されるペプチド結合のこと。

 2-⑴で述べたように魚類の卵膜の別名は“コリオン”である。将来コリオンになるタンパク質のため、“材料”の意味をもつ“-genin”をつけて、コリオジェニンと呼ばれている。

 遺伝子のうち、半数体ゲノムにつき1コピー(体細胞では2コピー)しかない遺伝子以外のもの。

 共通祖先から生じたいくつかの遺伝子のうち、異なる生物種において類似または相同な機能をもつ遺伝子同士のこと。たとえば、ヘモグロビン、ミオグロビン、サイトグロビンなどは共通祖先から由来するグロビン遺伝子ファミリーであり、ヒトもマウスもこれらの遺伝子をもつが、このうちヒトのヘモグロビン遺伝子とマウスのヘモグロビン遺伝子はオーソログの関係にあるといえる。

 遺伝子ファミリーの中には、突然変異などによって機能を失ってしまうものがある。例えば、変異によって翻訳の途中にストップコドンが入ったり、プロモーターの欠損による転写不能や、転写後のプロセッシングに関与する配列の欠如による成熟mRNAの形成不全などがある。このように、配列の痕跡は残っており、どの遺伝子ファミリーに属するかは明らかだが、機能的でない遺伝子を偽遺伝子(Pseudogene)という。

 魚類では毎年数百の新種記載があり、2018年現在において硬骨魚類の現生種の記載数は3万をこえる。

 栄養リボンという邦訳は、山岸宏『比較生殖学』(東海大学出版会、1995年)による。

 第8章で触れられているデンキウナギなどは、長い身体の大部分が発電器官になっており、肛門の位置が同じように著しく前方に位置する。

 酵素活性は同じであるが、アミノ酸配列の違いによって性質の異なる酵素タンパク質。タンパク質の電気泳動度の差異から、その支配遺伝子座における遺伝子型の差異を検出できる。

 生物相の分布境界線で、この線を挟んで動植物相が大きく変化する。この線の西側が東洋区、東側がオーストラリア区とされる。ウォーレスとウェーバーがそれぞれ異なる境界線を提唱した。スラウェシ島やティモール島は両者の境界線の間に位置する。

 個体や系統を識別する上で目印となるDNA配列のこと。系統間で塩基配列が異なる領域があれば、そこをDNAマーカーとして利用できる。

 ゲノムDNAを制限酵素で切断し、100〜200kbの断片を細菌人工染色体(BAC)ベクターに組み込んでクローン化したもの。大きな領域の物理地図や塩基配列決定に必要とされてきた。

 DNAマーカーや既知のクローンを用いて、配列が一部重なり合うクローンを同定する作業を繰り返し、目的遺伝子近傍のクローンコンティグを作成する方法。

 ミュラー管とは哺乳類の発生過程で将来卵管になる管で、オスではこのホルモンの働きによって退縮する。しかし、真骨魚類にミュラー管はなく、別の機能をもつと考えられる。

 メダカ博士こと山本時男博士は、1953年d-rR系統(オスが緋色、メスが白色の限定遺伝をもとに育成作出された系統、X染色体上に潜性(劣性)のr遺伝子、Y染色体状に顕性(優性)のR遺伝子をもつ、体色により遺伝的な性の判別が可能)の孵化直後から性ホルモンを経口投与して性の人為的転換に成功した。すなわちXrXrでもアンドロゲン投与によりオスとなり、正常メスXrXrと交配して、メスメダカばかりを生んだ。XrYRもエストロゲン投与によりメスに性転換し、正常のオスXrYRと交配した。性ホルモンによる性転換が多くの研究者から示されていたが、山本博士によって初めて遺伝的な性と性ホルモンによる性転換の関連が明らかにされた。コラム⑧も参照。

 コ・オプション(co-option)、遺伝子の使い回し。既存の遺伝子が新たな機能を担うようになること。

 非同義置換よりも大きな影響を与えるのがフレームシフトである。3の単位で塩基は読まれていくが、もし、3の倍数以外の挿入/欠失が起こった場合は、その後の配列が全て読み枠がズレてしまい、その挿入/欠失より後(C末端側)ではまったく異なるタンパク質ができてしまう。