閉ざされた湖で起こった進化

ここでは本の発売に先駆けて、「第4章 閉ざされた湖で起こった進化」をご覧になれます。ぜひご覧いただいて、本書を手に取る参考にしてください。

前章まで、サメ、真骨魚、古代魚の進化など、1000万年から1億年単位で起こってきた大きな進化について紹介してきた。本章では、ペットショップでもおなじみで、世界中のアクアリストから観賞魚として寵愛されている「シクリッド」の進化をモデルに、短期間(といっても数万年)で急激に起こった小さな進化について紹介する。

シクリッドとはスズキ目カワスズメ科に属する魚類の総称で、南米からアフリカ、マダガスカル、東南アジアまで旧世界の広くにその分布域を広げている。このシクリッドにはエンゼルフィッシュやディスカスなど一般にも多くの人がよく知る熱帯魚も含まれているが、筆者のような進化研究者が特に興味をもっているのが東アフリカ産シクリッドである。東アフリカの三大湖(ビクトリア湖、マラウィ湖、タンガニィカ湖)には数百をこえる固有のシクリッドが生息しており、種の分化や多様化が驚異的なスピードで起きたことが知られている。つまりシクリッドは進化のメカニズムを理解する上で理想的なモデル生物といえよう。一見するとモヤモヤとしてつかみどころのない「進化」という現象をいかにしてDNAレベルで理解していくのかを、シクリッド進化における著名な研究者たちの論文を紹介しながら以下に解説していく。まず、進化の舞台でもある東アフリカ三大湖の形成の歴史を紹介する。どのような地理的環境がシクリッドの驚くべき多様化を可能にしたのであろうか?

1.シクリッドの多様性創出とその要因

⑴シクリッド進化の舞台―東アフリカ三大湖の形成と地理的な歴史

シクリッド多様性創出の場となった東アフリカ三大湖は、その大きさで世界有数の規模を誇っているだけでなく、湖ごとにその環境や成立年代が大きく異なっていることが東アフリカ産シクリッドの多様性に大きな影響を及ぼしていると考えられる。東アフリカの三大湖は、アフリカ大陸を南北に縦断する大地溝帯(グレートリフトバレー)の形成と深く関わっており、大陸が分裂するように働く力によって形成された深い裂け目に水が流入してできたのが、タンガニィカ湖やマラウィ湖であり、これらはいわゆる「地溝湖」と呼ばれている。それに対してビクトリア湖は、東西の地溝帯に挟まれた場所に位置しており、両地溝帯の形成に伴って発生した隆起が陥没することで誕生した湖であると考えられている(図1A)。そのため、ビクトリア湖は水深も80m程度であり、他の湖(タンガニィカ湖、マラウィ湖はそれぞれ570m、290m)と比べると浅いため、湖の透明度も低く水位の変動による湖環境への影響が大きいことが知られている。各湖の成立年代に関してはこれまでに多くの地質学的研究がなされており、最も古いタンガニィカ湖の成立が今から1200万〜900万年前と推定されている。そしてマラウィ湖は450万年前にはすでに成立していたものの、160万年前には一度完全に干上がりそこからまた水が流入することで再び湖が形成されたと推定されている。ビクトリア湖の成立年代はさらに新しく、今から1万2400年前に完全に干上がっていた盆地に水が流入してできたという報告があり、現在は大きな岩石の堆積した独特な生態的環境をもっている(図1B)。つまり、三大湖の成立年代はそれぞれが大きく異なっており、また現在は湖どうしが河川でつながっていることはなく、湖間での生物相の流入は起きていないため、各湖に生息する数百種ものシクリッドは全て固有種となっている。後述するが、以上にあるような三大湖の地質学的な特殊性や成立年代の違いが、シクリッドの系統進化パターンとも深く関わっていることがわかり始めている。

図1A.東アフリカ三大湖と大地溝帯。
タンガニィカ湖とマラウィ湖は大地溝帯の裂け目に存在する地溝湖。それに対してビクトリア湖は隆起地帯の陥没によって生じた湖。灰色太線は大地溝帯を表している。

図1B.ビクトリア湖の様子。巨大な岩が積み重なっているのが特徴で、他湖と比べて透明度は低い。ロックシクリッドと呼ばれる岩場種が多数生息している。

⑵シクリッドの美しい婚姻色とその進化のメカニズム

本章のメインともいえるシクリッドの多様化メカニズムを紹介するにあたり、まずシクリッドの生態的多様性そのものをいくつかの例に絞って以下に紹介する。ここに挙げるほんの数例を概観するだけでも、東アフリカ産シクリッドが、どれだけの多様性を誇っているのかを容易に感じ取ることができるだろう。また、このシクリッドの多様化は様々な湖環境に適応して生み出された自然選択による産物なのであることはいうまでもない。

シクリッドにおいて観察される多様な特徴の中でも、研究者たちが最も注目してきたのがオスの婚姻色であろう。シクリッドは一般にオスが性成熟に達すると派手な婚姻色を呈するのに対し、メスは性成熟にいたっても隠蔽的な体色しかもたず、そこには明らかな性的二型が観察される(図2)。この性的二型は、オスが繁殖の際に婚姻色を呈してメスにディスプレイし、メスはオスの婚姻色を選択して交配するという、選択的交配によって生み出されたと考えられる。また、オスの婚姻色が種によって多様であることや、婚姻色のバリエーションが多いシクリッド系統は種数も多いことから、メスによるオスの婚姻色の選択、つまりは性選択がシクリッドの種分化をメインに駆動してきた可能性が示唆されている。婚姻色とそれを認知する視覚、そして性選択に関わる諸問題は種分化を始めとする進化現象の多くを理解する上で重要な形質であるため、それらに関するDNAレベルでの研究については後ほどあらためて紹介していきたい。

図2.シクリッドの婚姻色。オス(上段)はそれぞれの種に特徴的な婚姻色を呈する一方、メス(下段)は地味な隠蔽色をもつ。また、尻びれのエッグダミーについてもオスにおいて特に目立つ配色となっている。図に示したのはビクトリア湖シクリッドで、左からLithochromis rufus, Haplochromis pyrrhocephalus, H. chilotes

⑶シクリッドに特徴的な交尾行動と口内での哺育

シクリッドにおいてよく知られている行動に口内哺育がある。一般的に魚類は水草等に卵を産み付ける基質産卵を行い、程度の差こそあれ孵化後の稚魚は自由に水中を泳いで成長していくことが知られている。しかし、東アフリカ産シクリッドの多くは(ビクトリア湖、マラウィ湖では実に100%、タンガニィカ湖では40%)、メスが受精卵をみずから咥え稚魚が十分に育つまで口の中で哺育をする「マウスブルーダー」である。これは、卵や稚魚を捕食から防ぐという点から考えて極めて適応的な子育て戦略であると考えられる。この口内哺育を達成するためには、母親の口の中で精子と卵が受精するイベントが起きなくてはならないのだが、それを可能にしているのがマウスブルーダーに特徴的な交尾様式であり、その一連の流れを図3に示す。まず交配相手の決まった雄雌のシクリッドは共に尾部を激しく振動させながらお互いの総排出腔を相手の鼻先に提示し、クルクルと円を描くように回転する。やがてメスの総排出腔から一度に数粒の卵が産み出されるわけであるが、メスシクリッドは回転の最中にこの卵を拾い上げて口に咥える。このメスが卵を拾い上げる際に、オスは尾部を振動させながら尻びれにある円形のスポット模様(エッグダミー)をメスにアピールする。するとメスはこのエッグダミーをみずから産んだ卵と勘違いし、それを咥えようとして口を近づける。その際にオスは総排出腔から精子を振りまくことで、メスの口の中で受精が完了するという、なんとも絶妙なタイミングで口内哺育という特異な繁殖システムが完了するわけである。この回転しながらの特徴的な交尾は10分程度続けられ、最終的には数十個ほどの卵が産み出され、それらは母親の口内で育て上げられることになる。

図3.シクリッドに特徴的な口内保育とそれを可能にする交尾様式

このマウスブルーディングは進化的にも発達した哺育行動であると考えられるが、このシクリッドの哺育行動を逆手にとって利用する種がいる。これは佐藤哲博士によって発見されNatureに発表されたナマズの托卵行動である(1)。ナマズの一種であるSynodontis multipunctatusは、マウスブルーダーの産卵現場に突入し、シクリッドの卵の中に自分の卵を紛れ込ませる。母親シクリッドの口内に潜り込んだナマズ卵の発生は、本来の子であるはずのシクリッドのものより数段早く進み、成長に伴ってナマズがシクリッドの稚魚を捕食してしまう。最終的に母親シクリッドは大きく成長したナマズの子のみを育てることになるのだ(図4)。明らかに外見の異なるナマズの稚魚をなぜ母親が識別し排除し得ないのかは、現在のところよくわかっていないが、シクリッドにおいて巧みに進化した口内哺育行動をさらに利用したナマズの托卵行動という、まさにシクリッドの世界の多様な一面である。

図4.ナマズの一種によるシクリッドへの托卵。(上)托卵ナマズSynodontis multipunctatus 提供:高橋鉄美博士(兵庫県立大学)。(下)メスシクリッドの口内から見つかったSynodontisの稚魚。提供:宗原弘幸博士(北海道大学)

⑷親以外が参加する子育てシステム―シクリッドの協同繁殖

もうひとつ、シクリッドの多様な生態を紹介する上で欠かせないのが協同繁殖であろう。協同繁殖とは、親以外の個体が世話をする行動のことで、いわゆる利他的な行動の進化を理解する上で重要である。この協同繁殖は、アリやミツバチ、シロアリなどの真社会性昆虫においてよく知られた行動で、脊椎動物では主に哺乳類(ハダカデバネズミ、ミーアキャット)や鳥類で研究が進んでいるものの、魚類ではあまり知られていなかった。その中で、1981年にTaborskyとLimbergerによってタンガニィカ湖に生息するシクリッドNeolamprologous brichardiの繁殖にはヘルパーが存在していることが明らかにされた(2)。もちろん魚類におけるヘルパーの存在はこれが初めての報告であり、その後は他のシクリッドにおいても協同繁殖が確認されている。

協同繁殖を行うシクリッドはひとつのなわばりを共有する群れ(家族)を作るが、この群れには子育てをする大型の個体に加えて、なわばりに侵入してきた異種他個体や他の群れ個体を追い出す小型の個体、つまりはヘルパーが存在していることがわかった。協同繁殖については、その個体自身ではなく、遺伝子を共有する血縁個体の繁殖成功を増すといういわゆる「血縁淘汰」によってその多くを説明できると考えられているが、実際にシクリッドの群れにおける血縁度をDNAレベルで観察した研究では、ヘルパーの年齢が増すにつれて繁殖親との血縁度が下がることも明らかとなり、その繁殖様式は予想以上に複雑であると考えられるようになってきた。さらには、ヘルパーのシクリッドは営巣地を取り囲む石の下に、無脊椎動物が集まるような穴を整備することで群れ全体の餌資源を増大させるという高度な社会性を獲得している種もいることがわかった。脊椎動物の進化を考える上で、哺乳類や鳥類よりもむしろ原始的なグループ(語弊があるかもしれないが、あえて原始的という言葉を選んだ)における社会性を研究することで、その遺伝的なメカニズムを起源や進化にまで深く掘り下げながら理解することができることから、このシクリッドの共同繁殖の研究が今後も精力的に進んでいくことを期待したい。

⑸シクリッドにおいて進化した驚くべき食性や歯の多様性

東アフリカの各湖のシクリッドはお互いに近縁なグループであるが、その遺伝的な近縁性とは裏腹に食性においては著しい多様性が観察される。さらに、食性の多様化に伴って歯や顎、さらには咽頭歯(一般的な歯に加えて喉にある歯でコイやベラの他にシクリッドで発達している)の形態も多様化を遂げていることは極めて興味深い。その一例を図5に示す。シクリッドは大きくプランクトン食、魚食、藻類食、貝食などが挙げられるが、例えば魚食性のシクリッドは、体長と比して吻部が大きく体も長い種が多い。藻類食の種は岩の表面に生えたコケ等を削り取って食べるために、歯列は細かく密であり、吻部そのものが下側を向いている。また貝食シクリッドは、硬い殻を割るために咽頭歯は他種と比較して太く頑丈な構造に進化している。食性の多様化は、餌資源をめぐる種間競争を緩和することから、複数種の共存を可能にすると考えられ、シクリッドの生息する湖という限られた環境下において種多様性を生み出す機構として重要な意味合いをもつのは間違いない。

図5.ビクトリア湖シクリッドにおける多様な歯式の例

そして上記のようなシクリッドの多様な食性の中でも特に研究者の興味をひくのが、タンガニィカ湖のPerisodus microlepisに代表されるシクリッドで観察される鱗食いである。この魚種は他の魚のウロコをはぎ取って食べるという極めて特殊な生態をもつ。さらに興味深いことに、このシクリッドは鱗を食べる際の攻撃の方向に右利きと左利きの個体が存在しており、それが遺伝的な支配を受けているという。京都大学の堀道夫博士の長年の調査の結果、P. microlepis種内にはこの右利きと左利きが常に存在し、その割合が周期変動することがわかった(3)。これは、右利きの個体数が増えた場合に、捕食される側が学習することで右利きの捕食成功率が下がり、今度は相対的に有利となった左利きの個体数が増えるからと考えられる。右利きと左利きの個体数に周期的な変動が生じる。これは少数個体が有利となる負の頻度依存淘汰として知られている。これまで、堀博士により発見されたシクリッドの利き口は多くの研究者が興味をもって研究を続けてきたが、そのDNAレベルでのメカニズムは現在にいたっても明らかにされておらず、今後の研究の進展が期待されている。

2.DNAに刻まれたシクリッドの多様性の「歴史」

⑴シクリッドの進化の歴史を紐解く分子系統学

これまでは東アフリカ産シクリッドの驚くべき多様性を生態や行動レベルで紹介してきたが、これからはその多様性の遺伝的基盤を探るべく進められたDNAレベルでの研究を紹介する。進化学に分子生物学的手法が応用され始めて30年近くが経とうとしているが、シクリッドのDNA研究ではいつの時代も常にエキサイティングな発見が続いている。

シクリッドのDNA研究の歴史はその分岐順序、つまりは系統関係を解き明かすところから開始された。最も初期の論文はMeyerら(4)によるビクトリア湖シクリッドの起源に関する研究である。上述した通り、ビクトリア湖は他の湖と比べて地質的な歴史が新しく、そこに生息する多様なシクリッドがどうやって誕生したのか、つまりは単一の起源なのか、それとも他湖のシクリッドが複数回移入してきたものなのか、といった系統学的な問題に興味が集まっていたが、その詳細はほとんど明らかにされていなかった。タンガニィカ湖に生息する一部のシクリッドとビクトリア湖やマラウィ湖のシクリッドはHaplochromineと呼ばれる大きなグループに分類され、その種数は地球上の全ての真骨魚類の7%にも達する極めて繁栄したグループである。

その当時の形態学的な研究によれば、ビクトリア湖のシクリッドは起源が単一ではなく、湖周辺に生息している多様化したHaplochromineシクリッドが複数回移入して形成された多系統群であろうと考えるのが一般的であった。しかし、Meyerら(4)によって進められたミトコンドリア部分配列の分子系統解析の結果、形態的に極めて多様なビクトリア湖のシクリッドは単系統群(祖先種に由来する全ての種をメンバーとして含むグループ)を形成することが強く示唆され、つまりはその多様性が湖の成立後の極めて短期間に獲得されたものであるという驚くべき仮説が提唱された。その後も東アフリカ三大湖のシクリッドに関する分子系統解析は続けられ、その系統的な進化史については概ね一致する結果が得られるようになり、最終的にはSalzburgerら(5)が提唱したOut of Tanganyika仮説に集約された。その仮説によれば、東アフリカ三大湖の中で最も繁栄したHaplochromineシクリッドは、最も古いタンガニィカ湖にその起源をもっており、タンガニィカ湖の水位が上昇していた時期(350万〜110万年前)に、その祖先となるグループが河川を通じて湖から溢れ出すかたちで生息地を拡大し、現在ではその子孫となる種がビクトリア湖やマラウィ湖、とその周辺河川に分布するにいたったということである。そして、現在において最も代表的な系統樹(図6)によれば、「Out of Tanganyika」を遂げたシクリッドはマラウィ湖、ビクトリア湖で独立に放散を遂げたため、それぞれが単系統群を形成する。特にビクトリア湖のシクリッドは、その周辺に存在し、小さいながらも古くから存在するキブ湖に起源をもつことが示された(6)(図7)。また、一度タンガニィカ湖から流出したグループが再度タンガニィカ湖に戻ったケースもあったようで、それが現在ではTropheiniと呼ばれひとつの族(Tribe)を形成している。ちなみに「Out of Tanganyika」は人類史における「Out of Africa」に習ったものである。Salzburgerらは河川を通じてOut of Africaを達成したシクリッド祖先種において獲得されたエッグダミーや口内哺育などの鍵革新的な形質が生態的機会と協調的に働いて、その後の湖環境における適応放散につながったと考察している。

図6.東アフリカ産シクリッドの系統樹(文献10を改変)

図7.ビクトリア湖シクリッドの起源に関する対立仮説Verheyenらのキブ湖単一起源仮説(灰色矢印)と、Seehausenらのコンゴ・ナイル水系の交雑起源仮説(白矢印)(文献11と13より)

東アフリカ三大湖シクリッドの系統進化に関する上記の仮説は多くの研究者においてコンセンサスが得られているが、唯一ビクトリア湖の起源についてはSeehausenのグループによる核ゲノム解析によって異なる仮説が提唱された(7)。シクリッドの分子系統学的解析の多くは、組み換えがなくハプロイドであるために系統樹推定において扱いやすいミトコンドリアのDNA配列を指標として進められてきたが、ビクトリア湖シクリッドのように比較的最近に複雑な進化過程を経たグループについては、単純化され過ぎたストーリーを導き易い。Seehausenのグループは核ゲノムを対象としたAFLP解析により、ビクトリア湖やマラウィ湖のシクリッドの系統推定を行ったところ、最も予想外であったのが、ビクトリア湖シクリッドの遺伝的多様度が高いことで、その多様度はマラウィ湖シクリッドと同程度であった。ミトコンドリア配列に基づく解析によれば、ビクトリア湖シクリッドの多様性は極めて低く、それはビクトリア湖が新しいという地質学的とも一致していたのだが、核ゲノムの解析結果はそれと大きく食い違う結果を提示したことになる。また系統樹上においては、コンゴ水系とナイル水系の河川に生息し生態的にも多様なThoracochromis属のシクリッドがビクトリア湖シクリッドの姉妹群に位置していた。この系統樹からSeehausenらは、ビクトリア湖シクリッドの起源がナイルとコンゴ水系の河川に生息していたThoracochromis属のふたつの系統が交雑することよって生じたという「交雑起源仮説」を唱え(図7)(5)、Salzburger(6)やVerheyenの唱えたキブ湖単一起源説を完全に否定した。その後もSeehausenのグループは全ゲノムレベルでこの問題に取り組み、やはりビクトリア湖シクリッドの交雑起源説を示唆する証拠を得ている(8)

東アフリカ三大湖シクリッドの系統地理学的な流れとしては、Out of Tanganyikaによりシクリッドの生息域拡大があり、そこからビクトリア湖に流れ込むタイミングで大規模な交雑が起きたということで説明がつくのではないかと筆者は考えている。ただし、ナイルとコンゴ水系にいる2グループの交雑を可能にしたゲノム基盤や、マラウィ湖の起源についても同じように説明が可能なのかについても、まだ議論する余地は多分に残されており、今後のさらなるサンプル採集や全ゲノム配列に基づいた網羅的な解析に期待するところである。

⑵失われた古代湖Makgadikgadiの再発見とそこで起きた適応放散

もうひとつ、東アフリカでなく南アフリカの河川に生息するシクリッドに関して、系統地理学的に興味深い話題を紹介したい。東アフリカの河川に生息するシクリッドは湖のシクリッドと比較して形態的・生態的な多様性が低く、これは湖と河川における生態学的な機会の差を如実に反映しているものと考えられてきた。しかし、不思議なことに南アフリカの河川には東アフリカの湖と同程度に多様なシクリッドが生息していることが知られており、これはいかなる理由であるのかがわかっていなかった。

そこでSeehausenのグループはミトコンドリア配列を用いて、東アフリカおよび南アフリカのシクリッドの系統解析を行ったところ、南アフリカの多様なシクリッドが単系統群を形成することが明らかとなった。この結果を受けJoyceら(9)は、現在は河川という地理的に離れた場所に生息している南アフリカのシクリッドは、実は完新世(約1万年前)に干上がったと考えられている古代湖Makgadikgadiで放散を遂げた系統であるとの仮説を提唱した。現在、ボツワナのカラハリ砂漠に位置するMakgadikgadiは乾燥した塩湖となっているためシクリッドが生息することはできないが、かつてそこに存在した古代湖において適応放散を遂げたシクリッドが、湖は干上がってしまった現在においても多様性をそのまま保ちながら周辺河川で生き延びているのだと結論づけた。同時に、湖という環境がもつ生態学的機会がシクリッドの多様化に及ぼす影響は極めて大きいことを強調した。アフリカ大陸は地殻活動が盛んであり、巨大な湖の出現や消失などダイナミックなレベルの環境変動が激しいため、現在だけを観察しているだけでは気づくことのなかった進化ストーリーが分子系統樹を通して垣間見えてくるのもアフリカ産シクリッド研究の楽しいところである。

⑶シクリッドの分子系統樹から明らかになった「平行進化」

これまで紹介してきたように、DNAを用いた系統樹推定から、東アフリカのシクリッドが各湖で適応放散を起こしたことが明らかにされたが、もうひとつの大きな発見は驚くべき平行進化が起きていたことである。Kocherら(10)はタンガニィカ湖、マラウィ湖には形態的に似通ったシクリッドが存在していることに着目し、それら形態の似たシクリッドどうしが遺伝的に近縁なのか、それとも似た形態はそれぞれの湖で独立に進化したものなのかを検証した。分子系統樹については詳細を上述した通りで、結論から述べると後者の仮説が正しかった。つまり、マラウィ湖に生息しているシクリッドは単系統群を形成することから、驚くほど似通ったシクリッドはそれぞれがタンガニィカ湖とマラウィ湖において独立に進化したものであり、まさに典型的な平行進化(異なる種同士が独立に似通った方向へ進化を遂げること)が起きていることが示された。これについてはビクトリア湖にも当てはまり、タンガニィカ湖、マラウィ湖、ビクトリア湖では、あらゆる形質が平行進化(歯列、顎角度、唇の厚さ)したものであることが明らかになっている(図8)。それぞれの湖における似た環境が提示する生態学的機会が、ここまで如実な平行進化を駆動していくという事実は極めて興味深い。ただし、この平行進化のDNAレベルでのメカニズムについても明らかにされていることは少なく、現在でも筆者らを含めた多くの研究者がこの問題に取り組んでいるところである。

図8.東アフリカ三大湖シクリッドで観察される平行進化。湖間で驚くほど似た形態のシクリッドが観察されるが、遺伝的には各湖のシクリッドどうしが近縁である。

3.DNAに刻まれたシクリッドの多様性の「メカニズム」

⑴カモフラージュ遺伝子と性との関わり合い

分子系統学によってシクリッドの系統地理学的な問題、つまりどのような順序で多様性が生み出されてきたのかについてはその多くが明らかにされ、適応放散と平行進化というふたつの注目すべき現象が起きているということがわかった。この分子系統学的な多くの発見に続く次なる興味は、どのようなメカニズム(遺伝子の変異や発現パターンの変化など)によって形態的な多様性が獲得されたのかというところだ。これは進化発生(Evo-devo)と呼ばれる学問分野であり、シクリッドの分子系統推定を行ってきた研究者の多くが2000年頃を皮切りにこのエボデボ研究にも参戦を始めた。

図9.主にメスのシクリッドで観察される斑模様(OB morph)。上がオスの野生個体、下がメスのOB個体。ともにマラウィ湖シクリッドの1種Maylandia tarakiki

シクリッドにはオレンジブロッチ(OB)と呼ばれる奇妙な模様をもった個体が主にメスにおいて一定の頻度で出現することが知られている(図9)。このOB模様をもった個体は色合い的に生息域にある岩と同化するため、捕食者からのカモフラージュとしての役割があると予想されている。しかし、シクリッドのオスは、その婚姻色が生殖相手の獲得に最も重要な因子のひとつであるため、オス個体にこのOBが出現することは望ましくない。そのため、メス個体のみでこのOBが出現するようになったと考えられ、いわゆる性的対立をどう解消しているかという進化学的にも興味が集まっている現象である。しかし、2000年初頭の頃にはその遺伝的なメカニズムは当然のことながら明らかにされていなかった。この問題に取り組んだのがStreelmanらであり、彼らはまずマラウィシクリッドの通常オスとOBメスF0世代を掛け合わせ、その孫(F2)世代の表現型と遺伝子型(各染色体のそれぞれの場所がF0世代のどちら由来かを判別する)の相関性を統計的に解析するQTLマッピング呼ばれる方法で、OBを支配するゲノム領域を探索した。その結果、OBに関与するゲノム領域をc-ski1遺伝子周辺にまで絞り込むことに成功した。しかし、この時点では実際のOBの原因となる遺伝子や性との関係性などが明らかにされていなかった。続いてRobertsらは、先行研究で絞り込まれた領域をさらに精査することで、実はc-skiではなく、その近傍に存在するpax7と呼ばれる転写因子の発現を調節する領域への変異がOBに関与していることを、pax7遺伝子の発現量とOBの表現型との相関性から見出した。そして、このpax7遺伝子の近傍にはマラウィ湖シクリッドにおいてメスを決定づけるW因子が存在することも明らかとなった。つまり、その個体がメスである場合のみに有利に働くOBの原因となる遺伝子の近傍にW因子が飛び込むことで、最終的にメスに特異的なOBが獲得されたと結論づけた。この一連の研究は、OBの形成と性的対立の解消に関するふたつのメカニズムを同時に説明しうる興味深い成果であるが、pax7遺伝子の発現量変化がどのようにしてOBにつながるのか、さらには最も肝心であるW因子の遺伝的実態そのものも明らかにされておらず、今後も精力的な研究が続けられることになるだろう。

⑵エッグダミーを作り出す遺伝メカニズムの解明

上述の通り、haplochromineシクリッドの尻びれにあるエッグダミーは、口内哺育をするために必要な交配行動を誘引する役割をもち、シクリッドの適応放散に大きく貢献したと考えられている。その鍵となる形質ともいえるエッグダミー形成に関わる遺伝子の特定に挑んだのがSalzburgerのグループである。彼らはRNAseq解析を駆使してエッグダミー領域で特異的に発現する遺伝子を網羅的に探索したところ、fhl2b遺伝子の発現が、尻びれの他領域と比較して有意に高いことを発見した。さらに、fhl2b遺伝子の約800bp上流にはSINE(ゲノム中をコピー・ペースト様式で数を増やしていく長さが300bp程度の反復配列で、一般的には役割のないガラクタ配列と考えられている)が挿入していることが明らかとなった。重要なこととして、この遺伝子座へのSINE挿入はhaplochromineシクリッドの共通祖先で起きたため、それ以外のシクリッドではSINEの挿入はなかった。その後に行ったトランスジェニックゼブラフィッシュを用いたレポーターアッセイにより、このSINE配列がエッグスポット領域に存在する虹色色素胞におけるfhl2b遺伝子の発現を担うシス領域である可能性を示した。つまり、haplochromineシクリッドに特徴的なエッグダミーの獲得には、その共通祖先でfhl2b遺伝子の上流に挿入したSINEが引き起こしたということになる。このグループはエッグダミーの獲得という劇的な進化の原因の一端を見出したわけであるが、それは近縁種にもかかわらず表現型が多様なシクリッドを研究モデルにしているからこそ達成できたのだといえよう。また、この研究はシクリッドにおける鍵革新的な形質の進化メカニズムを明らかにしただけでなく、一般的にはガラクタ配列だと考えられてきたレトロポゾンの挿入が関与した可能性を示した興味深い研究でもある。

4.進化の実験場―ビクトリア湖

⑴なぜビクトリア湖のシクリッドを研究するのか?

[サンプルはここまで]

コメント

ミエリン鞘はとも呼ばれ、軸索に巻き付いて絶縁体として働く構造である。これにより神経パルスはミエリン鞘の間隙を跳躍的に伝わる(跳躍伝導)ことで神経伝達が高速になる。ミエリン鞘は末梢神経系の神経ではシュワン細胞、中枢神経系ではオリゴデンドロサイトから構成される。

脳の中にある空洞のこと。脳脊髄液で満たされている。脊髄にあるものは中心管と呼ばれる。

神経堤細胞は脊椎動物の発生時に見られる神経管に隣接した組織。頭部では神経、骨、軟骨、甲状腺、眼、結合組織などの一部に分化する。

細胞の生体膜(細胞膜や内膜など)にある膜貫通タンパク質の一種で、特定のイオンを選択的に通過させる孔をつくるものを総称してチャネルと呼ぶ。筒状の構造をしていて、イオンチャネルタンパク質が刺激を受けると筒の孔が開き、ナトリウムやカルシウムなどのイオンを通過させることで、細胞膜で厳密に区切られた細胞の内外のイオンの行き来を制御している。刺激の受け方は種類によって多様で、cGMPが結合すると筒の穴が開くものをcGMP依存性イオンチャネルと呼ぶ。TRPチャネルも複数のファミリーからなるイオンチャネルの一群であり、非選択性の陽イオンチャネルである。発見された際に用いられた活性化因子の頭文字や構造的特徴から、A (Ankyrin), C (canonical), M (melastatin), ML (mucolipin), N (no mechanoreceptor), P (polycystin), V(vanilloid)の7つのサブファミリーに分類されている。TRPは、細胞内や細胞外の様々な刺激によって活性化してセンサーとして働いたり、シグナルを変換したり増幅したりするトランスデューサーとしての機能も併せ持つ。温度センサーやトウガラシに含まれるカプサイシンのセンサーとしても機能していることが知られている。

任意の遺伝子の転写産物(mRNA)の相同な2本鎖RNAを人工的に合成し生物体内に導入することで、2本鎖RNAが相同部分を切断して遺伝子の発現を抑制する手法。2006年には、この手法の功績者がノーベル生理・医学賞を受賞している。

様々な動物種間で塩基配列やアミノ酸配列を比較することによって、類似性や相違を明らかにする手法。この解析によって動物種間の近縁関係や進化の過程を予測することが可能になる。

発生過程で神経管を裏打ちする中胚葉組織であり、頭索類・尾索類では背骨のような支持組織としての役割を持つ。脊椎動物では運動ニューロンの分化を誘導するなど発生学的役割を持つ

魚類に顕著にみられる鰓のスリットで、哺乳類では発生の初期にはみられる。発生が進むと複雑な形態形成変化が起き、消失するが、外耳孔などは鰓裂の名残ということができる。

動物の初期発生において最初の形態形成運動として原腸陥入が起こる。原腸は消化管に分化する。この原腸陥入によって生じる「孔」を原口と呼ぶが、これが将来の動物の体の口になるのが前口動物であり、肛門になるのが後口動物である。半索動物、脊索動物は後口動物である。

ナマコの幼生のことをオーリクラリア幼生と呼ぶが、ウニのプルテウス幼生、ヒトデのビピンナリア幼生、ギボシムシのトルナリア幼生など、形態的共通性をもつ幼生全体をまとめてオーリクラリア(型)幼生と呼ぶ。今日ではディプルールラ型幼生という呼び方が広く使われている。この説はガルスタングが1928年に提唱した。その時代にはオーリクラリアという用語が使われたため(ディプリュールラ説ではなく)オーリクラリア説と呼ばれている。

Hox遺伝子はショウジョウバエで発見されたホメオティック遺伝子の相同遺伝子である。無脊椎動物のゲノムには基本的に1つのHoxクラスターがあり、脊椎動物のゲノムには4つのHoxクラスターがある。Hoxb1は4つあるクラスターのうちのBクラスターに属する1番目のHox遺伝子という意味である。

脊椎動物胚の後脳領域には頭尾軸にそった分節性(等間隔の仕切り)がみられる。この各分節をロンボメアと呼び、図14に示すように7番目までは形態的に明瞭に観察できる。

脊椎動物のゲノムにはふたつか3つのIsletが存在する。Isletは脳幹(延髄、橋、中脳)の運動性脳神経核に発現して、運動ニューロンの分化に関与している。

感桿型では光刺激はホスホリパーゼCとイノシトールリン酸経路を活性化させる。繊毛型ではホスホジエステラーゼによる環状GMPの代謝が関与している。

気嚢による換気システムは獣脚類と呼ばれる恐竜から鳥類に至る系統で段階的に進化していったと考えられる。

このような特異な形態は胚発生期には見られず、生後に発達する。その過程は頭骨に見られる「テレスコーピング現象」と並行して進む。

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卵や精子、その元となる始原生殖細胞などを指し、子孫に遺伝情報が引き継がれる細胞そのものである。

卵や精子を作る減数分裂において、母由来の染色体と父由来の染色体が対合したときに、同じ領域がランダムに入れ替わる(組み換えられる)。つまり、我々の”配偶子の”染色体は、父親と母親由来の染色体がモザイク状に入り交じったものなのである(体細胞の染色体は免疫グロブリンなどの一部の領域を除いて基本的には均一なものと考えられている)。

 タンパク質にコードされる遺伝情報をもつ塩基配列。狭義にはゲノムDNAのうち、mRNAに転写され、タンパク質になる部分。近年は、タンパク質に翻訳されないものの、機能をもつtRNA、rRNAやノンコーディングRNAなども遺伝子の中に含められるようになっている。本書では、特に注意書きのない限り、タンパク質の元となるmRNAになる部分を遺伝子、と呼ぶ。

 では、その転写因子はなにが発現させるのか、というと、やはり別の転写因子である。卵の段階から、母親からmRNAとして最初期に発現する遺伝子は受け取っているので(母性RNA)、発生の最初期に使う転写因子を含む遺伝子群に関しては、転写の必要がないのである。その後、発生、分化が進んでいくと、それぞれの細胞集団に必要な転写因子が発現し、実際に機能をもつ遺伝子の転写を促す。

遺伝子は、核酸配列の連続した3塩基(コドンと呼ばれる)が1アミノ酸に対応し、順々にペプチド結合で繋げられてタンパク質となる。3つの塩基は43=64通りになるが、アミノ酸の数は20個、stopコドンを含めても21種類しかない。したがって、同じアミノ酸をコードするコドンは複数あり、たとえ変異が入ってもアミノ酸は変わらないことがある。これを同義置換と呼ぶ。一方で、変異によってコードするアミノ酸が変わってしまう置換を非同義置換と呼ぶ。

 ふたつの系統が祖先を共通にした最後の年代。本章では、近年の分岐年代推定を利用して作成された系統樹(当該文献[9]のFig.1を参照)からおよその年代を読み取り、記入している。

 アフリカツメガエルや、コイ科、サケ目など、進化上の随所でも全ゲノム重複が起こっている。

 最もよく知られている放射性同位元素による年代測定は、放射性炭素年代測定である。炭素12Cは紫外線や宇宙線によって、空気中では一部(1/1012)が常に14Cに変換されている。つまり、大気中ではいつの時代も1兆個の炭素原子のうちひとつが14C、残りが12Cという割合なのである(太陽活動の変化などにより若干のブレはある)。しかし一旦生物の体内に炭素が取り込まれ、そしてその生物が死に、地中に埋まってしまえば、もう宇宙線も紫外線も当たらないので、14Cへの変換は起こらない。ここで14Cは放射性同位元素であることに注目したい。14Cは約5730年で半分が崩壊し12Cに変換される。したがって、14Cの比率でいつその物質が地中に埋まったのかがわかるのである(文献7)。

 ただし、この放射性炭素年代測定では、14Cの検出限界の関係で、せいぜい6万年が限界である。それより昔は火山岩に含まれる物質の、やはり放射性崩壊の半減期を元に推定される。例えば、K-Ar法では、40Kが40Arに13億年の半減期で放射性崩壊することを利用する。溶岩からできたての火山岩か、あるいは何億年も経ったものかを調べることができる。40Kは岩石中に元々大量に存在するため、差異を検出することは不可能だが、40Ar(常温で気体)は大気中には微量しか含まれないため、岩石中に封入された気体の中の40Arの含有率を計測することにより、その岩石の古さがわかる。当然、40Arの率が高い物が古い岩石である。このように、複数の放射性元素の崩壊の半減期から地質年代というのは推定される。

 南米にもごく少数ながら有袋類が現存しており、これらのゲノム解析・比較から、オーストラリア・南米で現生の有袋類の共通祖先は、実は南米で生まれ、当時陸続きだった南極大陸を経て、オーストラリアにいたったと考えられている。

 世界で最も臭いといわれているシュールストレミングをネットで取り寄せて購入したとき、人々は逃げるどころか、わざわざ悶絶するために集まってきた。いい匂いの物を取り寄せても20人もの人数は集まるとは思えず、怖い物見たさという悪趣味な好奇心はたいしたものである。無論、取り寄せた私も例外ではない。ちなみに、シュールストレミングはひとかけらをクラッカーの上に載せるくらいの食べ方なら悪くない気もする。

このふたつの硬骨の作られ方について、第3章に詳述があるので参照。

 ガノイン鱗には我々の歯のエナメル質を作る遺伝子と相同な遺伝子が発現しており(文献18)、イメージとしては歯で身体を覆われているようなもので、当然極めて強固である。

 遺伝子にはその由来によっていくつかの異なる呼び名がある。オーソログとは、共通祖先がもつある遺伝子Aが、種分化によって2種以上の生物に受け継がれた時、受け継がれた遺伝子たちをオーソログと呼ぶ。パラログとは、遺伝子重複によって生じたふたつ以上の遺伝子を指す。最近では大野乾氏の功績をたたえ、ゲノム重複によって生じたパラログで現存するものを特にオオノログOhnologと呼ぶ。

 異化と同化……この2種類の化学反応によって生命活動は維持されている。異化は物質を分解してエネルギーを取り出す代謝経路、同化はエネルギーを使って必要な物質を体の中で作り出す代謝経路。

 アデノシン三リン酸の略。生体内のエネルギー通貨として、様々な化学反応に用いられている。

 組織中の核酸分子(ここでは特定の遺伝子から転写されたmRNAを指す)の分布を検出する手法。調べたい遺伝子の塩基配列を元に、そのmRNAに特異的に結合する分子を設計・合成することで特異度の高い検出が可能となっている。

 通常の生物の核ゲノムはそれぞれの両親に由来する染色体が2本1セット存在し(ディプロイド)、その染色体間で組み替えが起こるため遺伝的な由来を辿る作業がしばしば煩雑になる。しかしミトコンドリアは母親由来であるため(ハプロイド)、そのゲノムを利用することで比較的簡便に遺伝的な類縁関係を遡ることが可能となる。

 増幅断片長多型:制限酵素で切断したゲノムDNA断片をPCRにより増幅し、断片の長さの違いを網羅的に検出比較する方法。この断片長の違いを種間の類縁関係の推定に使用することが多い。

 sexual conflict。ある形質が片方の性にとっては有利だが、もう片方の性にとっては不利な場合にオスメス間で生じる対立。

 次世代シーケンサーを利用して、各組織に発現する遺伝子の種類や量を網羅的かつ定量的に推定する解析方法。

 真核生物のゲノムに散在する反復配列のうち、一度DNAからRNAに転写され、その後に逆転写酵素の働きでcDNAとなってからゲノム中の別の座位に組み込まれるものを指す。数多くのレトロポゾンが存在しており、例えばヒトゲノムは約40%がレトロポゾンによって占められている。

 太陽光には連続したことなる波長成分の光が含まれているが、その波長によってエネルギーが異なるため、水中に到達する波長成分の割合が深さによって異なることがわかっている。特に濁ったビクトリア湖のような水環境では浅場の方が短波長である青色光の成分が多く、深場では長波長の黄色〜赤色の成分が多いことがわかっている。

 タンパク質をコードするDNA配列上の塩基置換にはアミノ酸の置換を伴う非同義置換と、伴わない同義置換がある。一般に、同義置換は生体に影響を及ぼさないため中立であるが、非同義置換は生体にとって不利であることが多い。ただしタンパク質の機能変化が個体にとって有利な場合は非同義置換の割合が上昇することが知られており、それを正の自然選択と呼ぶ。同義置換と非同義置換の割合を統計学的に比較する方法がある。詳細については第7章およびコラム「適応進化に関わる候補遺伝子や候補領域を絞り込むアプローチ」を参照。

   発生初期の胚の一部の細胞群から作られ、生殖細胞を含む様々な組織に分化可能な性質(多能性)を有する細胞株。英語名(embryonic stem cells)の頭文字をとって、ES細胞と呼ばれることも多い。

 変異体を元になった親系統と交配すること。TILLING変異体に関しては変異以外の部分を親系統由来のゲノムに置換するために行う。1回の交配で全体の50%の領域が置換されるため、90%以上を置換するためには最低4回の、99%以上を置換するためには最低7回の戻し交配が必要である。

 タンパク質の二次構造のうち代表的なモチーフのひとつ。水素結合により形成されたらせん状の形である。

 Francis Crickが1958年に提唱した、遺伝情報がDNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質、という流れで伝わるという概念のこと。分子生物学の基本となる極めて重要な概念である。

 ヒメダカの原因遺伝子としてだけでなく、ヒトの先天性白皮症(つまりアルビノ)やホワイトタイガーの原因遺伝子としても知られる。水素イオンを運ぶトランスポーターをコードすることがわかっているが、その黒色素産生(メラニン合成)における機能は未解明な点が多い。

 相同組換えの鋳型となる外来DNA断片のこと。通常、導入したい配列(GFP遺伝子や特定の塩基置換など)の上流・下流それぞれに、導入したいゲノム領域と相同な配列(相同アームと呼ばれる)を持ったDNA断片である。

 RNAポリメラーゼが結合し、RNAを転写するのに必要最小限の遺伝子上流配列。通常、単独では下流の遺伝子は転写されないが、周辺に転写活性化領域(エンハンサーなど)が存在すると、その影響を受けて下流に存在する遺伝子が転写される。

 オオシモフリエダシャクの「工業暗化」の例を考えるとわかりやすい。これは、産業革命以降のイギリスで、暗化型と呼ばれるより黒い個体の割合が多くなったとされる例である。この蛾は、自然が多い地域では淡色型が目立ちにくく、鳥に捕食されづらかったが、すすで黒くなった木が多い工業地帯では、より黒い暗化型のほうが目立ちにくく、生き残りやすかった。この場合、仮に蛾の色をより黒くするアミノ酸変異が生じたとすると、そのアミノ酸変異は工業地帯で生存に有利で、固定されやすいだろう。ちなみに、近年、具体的にどんな遺伝的変異がこの工業暗化に関わっていたのかが詳細に解析されつつある。

 SWS = short wave sensitive opsin、つまり短波長の光に感受性をもつオプシンのサブタイプ。

 第4章にも記載されているように、深いところには波長の長い赤い光のみが届く傾向がある。つまり、水深の深いところに棲む集団では、青い光を感受するSWSの機能は重要ではなくなってしまう。

 Gタンパク質はGTP結合タンパク質ともよばれ、GTPと結合することで活性化される。GTPを加水分解する性質をもっており、結合しているGTPがGDPに加水分解されると自身が不活性化される。受容体からの信号を中継するものは三量体(α、β、γサブユニット)として存在している。

 神経伝達物質は、放出された後、即座に分解されなければ迅速な伝達を成し得ない。したがって、こういった分解酵素の存在は、ATPが実際にその部位で神経伝達物質として働いていることの傍証となる。

 セロトニンは生体内に存在するモノアミンの一種であり、神経系では神経伝達物質として機能する。生体内のセロトニンの大部分(〜95%)は腸管に存在しており、神経系に存在するものは割合としては小さい。神経系では中脳の縫線核という部位のニューロンで産生され、情動機能等に関係しており、セロトニンの再取り込み阻害剤には抗鬱薬の作用がある。味蕾に存在するセロトニンはそれらとは別の働きをもっていると考えられる。

 迷走神経には感覚性の線維と運動性の線維の両方が含まれており、ここでの迷走感覚神経とはその中の感覚性の要素のみを指す。

 神経細胞(ニューロン)で、突起状の構造(軸索や樹状突起)以外の、核の周辺部の構造を細胞体という。

 ある細胞が放出するリガンドが、その細胞自身の受容体に働くことを自己分泌という。近傍の細胞の場合は傍分泌と呼ぶ。近隣の同じ性質をもった細胞に作用する場合と、自分自身に働く場合を合わせて、自己・傍分泌と呼ぶことが多い。哺乳類のキスペプチンニューロンは、キスペプチン以外に放出するニューロキニンB、ダイノルフィンと呼ばれるペプチドが、キスペプチンニューロン自身に作用することで、アクセルとブレーキのように働き、そのタイムラグでキスペプチンの放出を間歇的に引き起こす。これが前述のGnRHパルスを生み出しているとされている。

 市場に出ている子持ち昆布の中には、ニシン以外の魚(タラの仲間など)を用いて加工されているものもある。また、本物のニシンの卵の場合も、自然に海藻に産みつけられた卵はもっとまばらなので、あのようにびっしりと卵が並んで食べ応えのある子持ち昆布は人為的に作られているようだ。

 タンパク質の一次構造を形成する際にアミノ酸間に形成されるペプチド結合ではなく、側鎖にあるアミノ基とカルボキシル基の間に形成されるペプチド結合のこと。

 2-⑴で述べたように魚類の卵膜の別名は“コリオン”である。将来コリオンになるタンパク質のため、“材料”の意味をもつ“-genin”をつけて、コリオジェニンと呼ばれている。

 遺伝子のうち、半数体ゲノムにつき1コピー(体細胞では2コピー)しかない遺伝子以外のもの。

 共通祖先から生じたいくつかの遺伝子のうち、異なる生物種において類似または相同な機能をもつ遺伝子同士のこと。たとえば、ヘモグロビン、ミオグロビン、サイトグロビンなどは共通祖先から由来するグロビン遺伝子ファミリーであり、ヒトもマウスもこれらの遺伝子をもつが、このうちヒトのヘモグロビン遺伝子とマウスのヘモグロビン遺伝子はオーソログの関係にあるといえる。

 遺伝子ファミリーの中には、突然変異などによって機能を失ってしまうものがある。例えば、変異によって翻訳の途中にストップコドンが入ったり、プロモーターの欠損による転写不能や、転写後のプロセッシングに関与する配列の欠如による成熟mRNAの形成不全などがある。このように、配列の痕跡は残っており、どの遺伝子ファミリーに属するかは明らかだが、機能的でない遺伝子を偽遺伝子(Pseudogene)という。

 魚類では毎年数百の新種記載があり、2018年現在において硬骨魚類の現生種の記載数は3万をこえる。

 栄養リボンという邦訳は、山岸宏『比較生殖学』(東海大学出版会、1995年)による。

 第8章で触れられているデンキウナギなどは、長い身体の大部分が発電器官になっており、肛門の位置が同じように著しく前方に位置する。

 酵素活性は同じであるが、アミノ酸配列の違いによって性質の異なる酵素タンパク質。タンパク質の電気泳動度の差異から、その支配遺伝子座における遺伝子型の差異を検出できる。

 生物相の分布境界線で、この線を挟んで動植物相が大きく変化する。この線の西側が東洋区、東側がオーストラリア区とされる。ウォーレスとウェーバーがそれぞれ異なる境界線を提唱した。スラウェシ島やティモール島は両者の境界線の間に位置する。

 個体や系統を識別する上で目印となるDNA配列のこと。系統間で塩基配列が異なる領域があれば、そこをDNAマーカーとして利用できる。

 ゲノムDNAを制限酵素で切断し、100〜200kbの断片を細菌人工染色体(BAC)ベクターに組み込んでクローン化したもの。大きな領域の物理地図や塩基配列決定に必要とされてきた。

 DNAマーカーや既知のクローンを用いて、配列が一部重なり合うクローンを同定する作業を繰り返し、目的遺伝子近傍のクローンコンティグを作成する方法。

 ミュラー管とは哺乳類の発生過程で将来卵管になる管で、オスではこのホルモンの働きによって退縮する。しかし、真骨魚類にミュラー管はなく、別の機能をもつと考えられる。

 メダカ博士こと山本時男博士は、1953年d-rR系統(オスが緋色、メスが白色の限定遺伝をもとに育成作出された系統、X染色体上に潜性(劣性)のr遺伝子、Y染色体状に顕性(優性)のR遺伝子をもつ、体色により遺伝的な性の判別が可能)の孵化直後から性ホルモンを経口投与して性の人為的転換に成功した。すなわちXrXrでもアンドロゲン投与によりオスとなり、正常メスXrXrと交配して、メスメダカばかりを生んだ。XrYRもエストロゲン投与によりメスに性転換し、正常のオスXrYRと交配した。性ホルモンによる性転換が多くの研究者から示されていたが、山本博士によって初めて遺伝的な性と性ホルモンによる性転換の関連が明らかにされた。コラム⑧も参照。

 コ・オプション(co-option)、遺伝子の使い回し。既存の遺伝子が新たな機能を担うようになること。

 非同義置換よりも大きな影響を与えるのがフレームシフトである。3の単位で塩基は読まれていくが、もし、3の倍数以外の挿入/欠失が起こった場合は、その後の配列が全て読み枠がズレてしまい、その挿入/欠失より後(C末端側)ではまったく異なるタンパク質ができてしまう。