第9章 脳進化の分水嶺︱爬虫類の脳

爬虫類を飼育する

 現在(2018年)から7年ほど前、爬虫類の脳を研究しようと思い立った。というのも、爬虫類の脳が胎児の時期にどのようにしてできあがるのか、その発生の仕組みがわかれば、我々哺乳類の脳の進化の手がかりが掴めると考えたからである。ではなぜ、哺乳類脳の進化を探るために、わざわざ爬虫類脳を研究するのか? それは、爬虫類と哺乳類はひとつの水脈から分かれた支流のようなものであり、両者を比較することで進化の源流(分水嶺)にたどり着けるかもしれないからだ。ただ、そのためには、爬虫類を研究室で飼育し繁殖させなくてはならない。さて、どんな爬虫類が良いだろう?
マダガスカル原産のソメワケササクレヤモリという小さなヤモリがとても飼育しやすく、しかも繁殖力旺盛であることを知り合いから教えてもらった。このヤモリを購入するため、大阪近郊の爬虫類専門店を訪ねることにした。薄暗い店内から、髪を鮮やかな色に染めた筋肉質の店主が顔を出した。ひととおり事情を説明し、おそるおそる「実は爬虫類の脳を研究したいと思っているんですが……」と切り出した。どのような反応をされるかと怖気づいていたが、意外にも「それはとても面白そうですね。爬虫類の研究には大変興味があるのですが、自分でするのは限界があります。いろいろわかったらぜひ教えてください」という返事が返ってきた。このような基礎研究に興味を持ってくれる市井の人がいるということに、あらためて感銘を受けたのだった。

爬虫類とは

 一般的に爬虫類というと、トカゲやヘビ、カメ、そしてワニといった動物を思い浮かべるだろう。鱗があり、冷血動物で、卵を産む動物たちだ(中にはマムシのように卵胎生のものもいるが)。この「爬虫類」という名称はリンネによる古典的な分類体系のひとつとして、一般に広く知られている。ただし、爬虫類という名称は、実は大いに問題がある。進化過程を追うためには系統(祖先から分岐してきた順序)に沿って変化を見ていく必要があるが、「爬虫類」という分類名は系統の単位を正しく表していないのだ。一般に爬虫類と称される動物群からは多くの系統が派生してきたが、その中には絶滅した恐竜も含まれている(図1)。そして、恐竜の一部から鳥類が生じたとされているので、進化系列として鳥類は爬虫類系統の一部ということになる。そうなると、古典的分類体系の「爬虫類」は単一の系統を反映した名称ではなく、系統内の一部の例外(「鳥類」)を除いた動物たちというややこしいまとまりとなってしまう。このような場合「爬虫類は側系統である」という。トカゲと恐竜のティラノサウルスもこの「爬虫類」に含まれるが、ティラノサウルスはトカゲよりもむしろ鳥類と近縁であるから、この分類名は進化の記述にとってあまり実用的ではない。また、哺乳類にいたる系統のうち、現生哺乳類の特徴(体毛や横隔膜など)を欠く化石種も爬虫類に含められる場合があるが(盤竜類などの「哺乳類型爬虫類」)、現生の爬虫類とは系統的なつながりはないため、このグループ分けも進化学では混乱を招いてしまう。そのため、爬虫類という名称は専門的な場ではあまり使われなくなってきた。しかし、専門用語をできるだけ避けるため、本章では一般にはよく普及している「爬虫類」という名称を「現生の竜弓類(後述)の中から鳥類を除いたもの」に対して用いることにする。

図1.羊膜類の進化系統図[Nomuraら(2014)より改変]

 現生の爬虫類のうち、ワニ類は主竜類というグループに属し、トカゲ、ヘビ、ムカシトカゲは鱗竜類というグループに属する。主竜類と鱗竜類は双弓類というさらに大きなグループに属している。双弓類とは頭骨において眼球が収まる穴の後ろに側頭窓という開口部がふたつ存在するグループである。哺乳類の系統は単弓類に属し、側頭窓はひとつである。ただし双弓類や哺乳類では側頭窓が二次的に見られなくなっている場合もある。例えばカメは側頭窓を欠くため、以前は他の化石種とともに無弓類というグループに入れられ、双弓類が分岐する以前に分かれた系統であると考えられていたが、近年の研究によりカメは双弓類であることが立証されている。竜弓類とは双弓類に加えてパレイアサウルスなどが属する側爬虫類(Parareptilia)を含んだ系統を指す(7章の図1も参照)。側爬虫類は三畳紀末に絶滅したため、現生種に限って言えば竜弓類=双弓類となる。

爬虫類の起源

 爬虫類は一体いつ地球上に出現したのだろうか。この問いはすなわち、羊膜類がいつ地球上に出現したのか、という問いにほぼ等しい。というのも、爬虫類と哺乳類は羊膜類の共通祖先から非常に早く分岐したと考えられているからだ。
哺乳類と爬虫類は、それぞれ単弓類と竜弓類から派生してきた。それらの共通祖先、すなわち羊膜類の共通祖先がどのような動物であったのか、未だによくわかっていない。一説では3億1500万年前のカナダの地層から見つかったヒロノムス(Hylonomus)が最も古い羊膜類であるとされる。この時代は地質年代で言うと石炭紀にあたる。一方その頃、地球上で繁栄を極めていた動物群は現在の両生類に近い系統である。彼らは鰭が変化した四肢を備え、それを使って陸上に進出したが、水生生活から完全に離れたわけではなかった。少なくともその胚発生期には水中にいることが不可欠であった。おそらくこうした四肢動物の一群から、胚を羊膜で包んだ特殊な卵を進化させた動物群(羊膜類の共通祖先)が出現したのだろう(第7章の図1も参照)。
羊膜、さらには卵殻で保護されるようになった胚は乾燥や物理的衝撃に耐性を持つようになった。同時に、柔らかく、水中での皮膚呼吸に適した表皮が、より乾燥に強いケラチン質の鱗に変化することで、羊膜類の祖先は多様な陸上の環境へと適応した。こうした革新的な体の変化を引き起こした遺伝子の変化は、ほとんど明らかになっていない。しかし、変化したのは羊膜や皮膚だけではない。爬虫類の脳の構造は、両生類の脳とは大きく異なっている(コラム:爬虫類の脳の外観)。そして、爬虫類と両生類の脳には、形態のみならず機能の面でも大きな違いがある。
概して脳が発達した動物は狩猟や求愛の際に複雑な行動が多く見られるようになるが、両生類ではそういった行動はあまり見られない。一方で、爬虫類は行動パターンが多様で、複雑な種間コミュニケーションも頻繁に見られる。例えばワニ類が産卵後も卵や子ワニの面倒を見ることが知られている。子ワニは時に子犬のような声を出して親ワニを呼ぶことがある。こうした行動は爬虫類がよく発達した脳を持つことを示唆しており、爬虫類の脳が両生類とは一線を画すものであることは明白である。何よりも、爬虫類には空を自由に飛ぶことができる系統が複数存在することを忘れてはならない。飛行には極めて複雑かつ精緻な制御システムが必要であり、爬虫類の脳はそれを確かに備えているのである(コラム:翼竜とその脳について)。そして、爬虫類の脳は、同じ羊膜類である哺乳類の脳とも似て非なるものである。実はこれが、1世紀以上も続く激烈な論争の種となっているのだ。

爬虫類の脳

 比較神経形態学者は古くから爬虫類の脳に注目してきた。その理由のひとつは、哺乳類が爬虫類から進化したと考えられてきたため、爬虫類の脳が原始的な哺乳類の脳の特徴を残しているのではないか、と推測されてきたためである。哺乳類の祖先が爬虫類である、という考えにもとづき、古生代に繁栄した単弓類の一群が「哺乳類型爬虫類」と呼ばれることもある。しかし、すでに述べたように哺乳類と爬虫類の祖先は羊膜類の進化の非常に早い段階で分岐したため、爬虫類から哺乳類が進化したとは言い難い。現在の爬虫類の脳が、祖先型羊膜類の脳の特徴をどの程度保持していると言えるのか、それが脳の進化を考える上での大きな問題だ。
ともあれ、実際に爬虫類の脳を見てみよう。図2は、スッポンの脳である。すべての脊椎動物脳と同じように、爬虫類にも終脳(大脳)、間脳、中脳、小脳、そして菱脳(橋と延髄)が存在する。爬虫類脳の外観上の特徴として、大脳半球の前方に存在する嗅球(嗅覚の中枢)が大きい。また、視覚や他の感覚情報を受け取り、それらを統合処理する中枢として機能する中脳の背側の部分、視蓋も比較的発達している。一方、運動中枢として機能する小脳は非常に小さく、哺乳類や鳥類と比較してその構造も非常にシンプルである(コラム:爬虫類の脳の外観も参照)。こうした脳の各部分の大きさの違いは、彼らの行動様式と密接な関係がある。

図2.スッポンの脳。嗅球、大脳、間脳、中脳、小脳などが確認できる。

 爬虫類が優れた嗅覚を持つことは、彼らの嗅覚受容体遺伝子の数に表れている。カメのゲノムには1000個以上の嗅覚受容体遺伝子が存在しているが、これは一般的に鼻が良いと言われるイヌと同程度であることを考えると、カメの嗅覚能力が非常に高いことがうかがわれる。また、爬虫類の行動は視覚に大きく依存している。眼球内の網膜で捉えられた視覚情報は視神経によって脳内へと送られるが、このとき視覚情報はふたつの経路に分割される。ひとつ目は先に紹介した中脳の視蓋に情報を送る経路であり、もうひとつは間脳の視床にある外側膝状体という神経核を経由して大脳へと情報を伝達する経路である(図3)。ただしひとつ目の経路も最終的には大脳に情報が送られる。

哺乳類と双弓類の視覚系神経路[村上安則(2015)を改変して引用]

 実は、両生類、爬虫類の視覚情報は基本的にひとつ目の経路を介した中脳視蓋でかなりの部分が処理されている。鳥類の視覚情報処理も中脳視蓋の働きに大きく依存しているが、これは鳥類が爬虫類の一群(恐竜)から進化した際に、祖先の神経回路を受け継いだからであろう。網膜の神経細胞と視蓋の神経細胞との連絡は極めて厳密なルールによってコントロールされており、それぞれの視神経は必ず視蓋の決まった場所の神経細胞に入力する。このステレオタイプな神経回路により、網膜に映った外界の空間情報はそのまま中脳視蓋に投影される(これをトポグラフィック・マップと呼ぶ)。中脳視蓋というスクリーンに正しく外界の情報が投影されることで、彼らは餌となる昆虫や小動物の位置、形や動き、あるいは彼らを捕食するため虎視眈々と狙う鳥類や哺乳類の接近を瞬時に把握することができるのだ。
爬虫類でも哺乳類でも、感覚情報は最終的に大脳に送られるが、その際には間脳の視床が主要な中継地点となる。間脳から終脳に接続する線維は視床-終脳路と呼ばれる。この経路は羊膜類の神経接続の要となる極めて重要な経路であるが、哺乳類とそれ以外の系統(爬虫類と鳥類)ではその接続様式が大きく異なる。哺乳類では内包という太い神経束が終脳半球の内側を通り新皮質に至るが、爬虫類・鳥類では視床の線維は大脳の外側を抜けるような経路をとり、背側皮質と背側脳室稜(DVR、後述)に至る。一見すると哺乳類が示す内側の経路の方が、軸索が間脳から直接的に新皮質に伸びているので効率的に見え、爬虫類では脳の外側を無駄に「迂回」しているように見えなくもない。この進路決定には、発生期の終脳で発現するSlit2(スリット2)というタンパク質が関与していることが知られている。このような遺伝子発現機構の違いによって、哺乳類と爬虫類の大脳の神経接続が大きく異なったものとなり、結果として脳機能の違いが生み出されているのかもしれない。

爬虫類の大脳︱祖先型か、それとも独自の進化の産物か?

 古今東西、多くの神経解剖学者が哺乳類、特にヒトの脳がどのようにして進化してきたのかについて思考を巡らせてきた。その際、「創造性を担う大脳新皮質と比較して、情動を司る辺縁系は原始的な脳である」という考えが一般的であった(コラム・脳の三位一体説を参照してほしい)。哺乳類の章(第11章)で詳しく紹介するが、大脳新皮質は6層構造であるのに対し、辺縁系の一部である海馬、そして嗅覚中枢である嗅皮質は3層構造である。したがって、神経解剖学の教科書ではこれらの脳領域を原皮質、旧皮質と記載していることも多い。3層構造という点が爬虫類の皮質と共通しているため、哺乳類の大脳新皮質は爬虫類型の「原始的な」皮質構造から進化した、と考えられていた。しかし、海馬や嗅皮質が大脳皮質と比較して系統発生学的に「古い」わけではないことは、現代の比較発生生物学によって証明されている。これらの脳構造は脊椎動物が誕生した時点ですでに獲得されていたと考えられるからだ。
図3はスッポンの大脳を輪切りにしたものである。脳の内部に隙間があることがわかる。この部分は「脳室」と呼ばれ、脳脊髄液という液体で満たされている(大脳にある脳室を「側脳室」と呼ぶ)。大脳の背側は薄い組織で覆われている。この部分を「皮質」と呼ぶ。皮質はその場所により、内側皮質、背側皮質、そして外側皮質の3つに分けられる。内側皮質は我々哺乳類の「海馬」と呼ばれる領域と同じであると考えられている。海馬は記憶の中枢であり、特に空間記憶を司る。カメを用いた行動実験でも、内側皮質が空間記憶に重要であることが示されている。一方、外側皮質には嗅覚線維が入力するので、この部分は嗅覚の情報処理を行なう場所であると考えられる。そして、このふたつの皮質に挟まれた背側皮質が、我々哺乳類の大脳新皮質と相同な部分であるとされている。
背側皮質を薄くスライスして顕微鏡で観察してみよう。すると、細胞密度の高い部分と低い部分が存在することに気づく(図4)。こうした細胞密度の違いから、爬虫類の背側皮質は3つの層に区分されている。最も細胞密度の高い層が中央の第2層で、神経細胞のほとんどがこの層に密集している。第1層と第3層は細胞密度が非常に低い。第2層を構成する細胞はそのほとんどが興奮性の投射神経細胞と呼ばれる細胞である。哺乳類の大脳皮質を構成する「錐体細胞」と同様な細胞であると考えられている(第11章「哺乳類の脳」を参照されたい)。しかし、よく見ると哺乳類の錐体細胞とはずいぶん形が違っている。哺乳類の錐体細胞は頂点に1本長い突起が伸びているのだが、爬虫類の錐体細胞は複数の突起が細胞の上下に扇状に展開している。一方、第1層と第3層を構成するのは抑制性の介在神経細胞である。したがって、爬虫類背側皮質への情報の入力と出力は、ほぼ第2層で行なわれている。

図4.リクガメの背側皮質。3層構造が確認される。[Nomuraら(2013) より改変]

 爬虫類の背側皮質は一体何をしているのだろう。背側皮質には様々な感覚情報が入力する。例えば、網膜に映し出された視覚情報も実は背側皮質に送られる。この際、先に紹介した中脳視蓋の経路ではなく、第2の経路、すなわち間脳視床を経由する経路で背側皮質に情報が伝達される。この神経経路を「レムノタラミック経路」と呼ぶ(図3)。レムノタラミック経路を介した視覚情報の入力は、哺乳類の大脳皮質とよく似ている。
爬虫類背側皮質の神経経路をより深く理解するには、背側皮質がどのような種類の神経細胞で構成されているのかを知る必要がある。ここで、哺乳類大脳皮質の研究で得られた情報が役に立つ。哺乳類の大脳皮質では、各層を構成する神経細胞はそれぞれ異なるタンパク質を発現する。特に、「転写因子」と呼ばれるタンパク質の幾つかは、特定の神経細胞を産生するために不可欠な役割を果たす。そこで、同じようなタンパク質を発現する細胞が爬虫類の背側皮質にもあるのかどうかを調べれば、哺乳類の大脳皮質と同様な神経細胞が存在するのかわかるかもしれない。近年、我々を含む複数の研究グループがこの問題に取り組んでいる。その結果、少なくとも哺乳類の大脳皮質の各層で発現しているタンパク質(転写因子)の多くは爬虫類の背側皮質でも発現していることがわかった。しかし、そのタンパク質を発現する神経細胞の分布はかなり異なっている。哺乳類の場合、それぞれのタンパク質を発現する神経細胞は洋菓子のバウムクーヘンのように整然と並んでいるが、爬虫類の背側皮質では「かたまり」として存在している。しかも、哺乳類では違う神経細胞に発現するタンパク質が、爬虫類ではひとつの神経細胞の中で同時に発現していたりする。こうしたタンパク質を少しだけ紹介しよう。Ctip2 (シーティップ2)とSatb2 (サット・ビー2) というタンパク質は、哺乳類の大脳皮質では主に第5層、第2〜3層の神経細胞にそれぞれ発現する。しかし、爬虫類の背側皮質ではこれらのタンパク質を同時に発現している神経細胞が多く存在する。つまり、爬虫類の神経細胞は哺乳類のように細分化されていないように見える。
こうした爬虫類皮質に独特な神経細胞の分布は、原始的な脳の状態を反映しているのだろうか? 両生類であるアホロートルの大脳の神経細胞の分布を調べた報告がある。様々な転写因子を発現する神経細胞はアホロートルの大脳でかたまりをなして存在しており、これは爬虫類の大脳の様子ととてもよく似ている。つまり、少なくとも爬虫類大脳における神経細胞の種類や分布は、四肢動物の祖先型の脳の状態を引き継いでいる可能性が高い。

謎のDVR

 爬虫類の大脳を観察すると、脳の内部に非常に大きな膨らみがあることに気づく(図3)。これを背側脳室隆起(Dorsal Ventricular Ridge: DVR)と呼ぶ。19世紀の後半にハンターという学者によって最初に記載されたDVRは、後世の比較神経解剖学者をおおいに悩ませることとなった。というのも、DVRが爬虫類の大脳に独特の構造であるため、他の動物の大脳のどの構造に相当するのかがわからなかったためである。
20世紀の神経解剖学において革命的となった手技のひとつが、神経軸索の標識法の確立である。西洋ワサビから単離されたペルオキシダーゼという酵素(HRP)や、脂溶性の蛍光色素の開発により、神経回路を構成する神経線維を標識することが可能となった。特にこれらの手法が優れていた点は、こうした酵素や色素を脳に注入すると、脳の特定の部分に入ってくる神経線維とそこから出て行く神経線維を選択的に標識できることだった。東京の地下鉄路線の複雑さは世界有数であるが、出発地と目的地をつなぐ経路だけがわかれば非常に理解しやすくなるのと同じである。この方法を用いて、多くの神経解剖学者が複雑な神経回路網をひとつずつ解きほぐしていった。
爬虫類の脳の神経回路網を調べた結果、DVRには多くの感覚情報が入力していることがわかった。触覚などの体性感覚、視覚、聴覚の感覚入力はすべてDVRに集約される。DVRの中では、特定の場所が特定の感覚入力を処理するように特化している。つまり爬虫類にはふたつの感覚情報の処理センターが存在している。ひとつは先に紹介した背側皮質であり、もうひとつがDVRである。しかし脳の中で占める割合からいうと、爬虫類では背側皮質よりもむしろDVRが主要な情報処理センターであるように思える。
このようなDVRの機能を踏まえて、DVRは哺乳類の大脳皮質と「相同である」という説が唱えられた。ここでいう「相同」とは、進化的起源が同じである、という意味である。羊膜類の外群である両生類の脳にDVRは存在しないため、DVRが羊膜類の共通祖先の脳に既に存在していたのかはわからない。ただ、もし哺乳類の大脳皮質とDVRの進化起源が同じであるなら、どうして哺乳類ではシート状の大脳皮質になり、爬虫類では脳室側に膨らむような構造が進化したのだろうか。比較神経形態学者のカルテンは、祖先の胚でDVRを形成していたような神経細胞が哺乳類ではより大脳の背側に移動したのではないか、と考えた。そのような細胞移動が果たして祖先の脳で本当に起こったのだろうか?
一方、1990年代から、胚の中での遺伝子の発現を直接確認する方法(インサイチュウ・ハイブリダイゼーション法)が普及し、この方法を用いて様々な動物の胚の遺伝子発現を比較する研究が盛んになった。その結果、すべての脊椎動物の大脳の背側(外套)は4つの部分から構成されていることがわかった。特に爬虫類のDVRは主に外側外套(ラテラル・パリウム)と腹側外套(ベントラル・パリウム)に由来すること、これらの外套領域は哺乳類では扁桃体と呼ばれる特殊な神経核になることが判明した。こうした事実から、スペインのプエイエス博士らは、DVRが哺乳類大脳皮質と相同であるという説に真っ向から反対している(図5)。

図5.DVR は大脳皮質か、それとも扁桃体か?

 腹側外套というのは、羊膜類の脳の進化を考えるに鍵となる領域だ。この領域、哺乳類外套の中で占める割合は小さいが、胎児の時期にいろいろな神経細胞を産生する。ひとつが、カハール・レチウス細胞という神経細胞であり、哺乳類の大脳皮質の構築に不可欠な役割を果たす(「第11章 哺乳類の脳」を参照)。また、先に述べたように扁桃体の神経細胞も産生する。もうひとつ、腹側外套から大脳の背側に向かって移動する細胞集団がある。これらは大脳皮質の中に侵入し、興奮性の神経細胞の特性を示す。なんだか、カルテンの想像した「祖先の神経細胞」を彷彿とさせる(発見者の名前から「ピエラーニ細胞」とも呼ばれている)。この細胞、発生の一時期にしか存在しないが、大脳皮質の大きさを決めるのに重要な役割を果たすようだ。

果てしない論争

 カルテンらの主張は神経解剖学的知見から提唱された説であるのに対して、プエイエスらの主張は胚発生の際の遺伝子発現に基づいて展開されている。両者の説を比較すると、遺伝子発現の普遍性に着目したプエイエスらの説の方がより説得力があるように思われ、この論争はようやく決着するかに見えた。ところが、近年この論争が再び再燃し始めた。
哺乳類の大脳皮質の各層を構成する神経細胞はそれぞれユニークな転写因子を発現していることは既に紹介した。最近、爬虫類や鳥類の外套においてこうした転写因子の発現を比較した研究が相次いで発表された。興味深いことに、哺乳類の大脳皮質の深層(5〜6層)に発現する転写因子は爬虫類や鳥類のより内側の外套に、上層(2〜3層)に発現する転写因子はより外側の外套に強く発現していることがわかった。つまり、哺乳類大脳皮質の各層を構成する神経細胞は、見かけ上爬虫類や鳥類の外套の特定の領域に偏って分布しており、特にDVRは大脳皮質の上層の神経細胞と遺伝子発現が似ている。これは、カルテンらの主張する「DVR=大脳皮質説」を彷彿させるものである。当然ながら、プエイエスらはこうした説に猛反発している。そもそもDVRは発生学的に大脳皮質ではない、だから君達はまったく検討違いのところを比べているのだ、というわけだ。
それにしても、哺乳類大脳皮質ではシート状に発現する転写因子が、なぜ爬虫類や鳥類では外套の違う部分で発現しているのだろうか。国立遺伝学研究所の平田たつみ博士と鈴木郁夫博士(現ブリュッセル自由大学)らは哺乳類と鳥類の外套の神経細胞の出来方に注目した。その結果、哺乳類でも鳥類でも胚発生の異なるタイミングで違う種類の神経細胞を産生するメカニズムは共通しているが、鳥類ではこうしたメカニズムが空間的に抑制されていることを見出した。さらに博士らは、爬虫類や鳥類の外套における細胞増殖の違いに着目した。内側の外套と比較すると、外側・腹側外套の細胞増殖率は非常に高く、こうした部分から産生される神経細胞の数も多い。こうした細胞の増殖・分化率の局所的な違いにより、哺乳類と鳥類の外套の形が大きく異なったものになっているのかもしれない。
我々の研究グループはDbx1(ディービーエックス1)という転写因子の解析を行なっている。Dbx1は、哺乳類の腹側外套、つまり将来の扁桃体を産生する部分に強く発現している。一方、爬虫類や鳥類の腹側外套ではDbx1の発現が見られない。つまり、Dbx1を発現させる仕組みが哺乳類とそれ以外の動物で違っており、これが腹側外套を中心とした脳の構造の多様性を生み出している可能性がある。そこで当研究室の大学院生であった山下航氏は、哺乳類と鳥類のDbx1の発現を調節する「エンハンサー」と呼ばれるDNA配列を抜き出し、鳥類の配列を哺乳類の脳に、哺乳類の配列を鳥類の脳に導入するという実験を行なった。その結果興味深い事実がわかった。鳥類の腹側外套では本来Dbx1は発現していないにもかかわらず、鳥類のDbx1のエンハンサーは哺乳類の腹側外套でDbx1を発現させる能力を持っていたのだ。一方、哺乳類のDbx1エンハンサーを鳥類の脳に導入すると、非常に不思議な現象が起こった。哺乳類のDbx1のエンハンサーは、鳥類の外套全体で遺伝子を活性化する能力を持っていたのだ。これらの事実を総合すると、Dbx1のエンハンサーの働き、すなわち腹側外套で遺伝子を発現させるという活性は哺乳類と鳥類で保存されており、おそらく羊膜類の共通祖先で既にこの仕組みが獲得されていた可能性がある。一方、爬虫類や鳥類の系統はこの活性を抑制する仕組みを新たに獲得し、その抑制機構によってDbx1が発現しないようになっているのだろう。Dbx1の発現抑制がDVRの発生とどのような関係にあるのか、今後さらなる研究が必要だ。

兵隊の位でいうとどれくらい?

 その昔、山下清という天才画家がいた。全国を放浪していた彼は、わからないことに出会うといつでも「それは兵隊の位でいうとどれくらいなのか?」と聞いたという。時代背景もあるだろうが、彼にとって物事の尺度を測る絶対的な価値基準は軍隊の階級だったのだろう。
しかし我々は彼を笑えない。人は誰でも、今までに蓄積された価値基準を当てはめて未知なる物事を把握しようとする。これまで、羊膜類の外套領域を比較する際の価値基準は哺乳類の外套であった。なぜなら、多くの人々にとって最も興味ある対象は哺乳類(そしてヒト)の脳であり、だからこそ哺乳類の脳の構造や発生、そしてそこに関わる遺伝子に関する膨大な知見が蓄積されてきたのだ。「哺乳類大脳皮質の神経細胞と同じ神経細胞は爬虫類にあるのか?」という問いも、まさに哺乳類の脳という価値基準に他の動物の脳を当てはめようするものだ。しかしこれは本当に正しい問いなのだろうか?
転写因子だからといって異なる動物の脳で常に同じ発現をするとも限らない。我々が調べた限り、爬虫類や鳥類の外套の神経細胞では複数の転写因子が同時に発現している場合が多い。さらに、こうした神経細胞によって構成される神経回路も動物種によって多様である。だから、「◯◯という遺伝子を発現しているから◯◯細胞」ともなかなか言い難い。同様に、「◯◯という遺伝子を発現しているから◯◯外套」という理屈ももう一度調べ直す必要があるだろう。なぜなら、進化の過程で細胞の系譜と遺伝子発現がずれてしまうことはしばしば起こりえるからだ。
羊膜類の祖先系統がどのような脳を持っていたのかはわからないが、少なくとも彼らの外套にはCtip2やSatb2といった転写因子が発現し、祖先の脳に独特の神経回路が出来上がっていたことだろう。しかし、こうした遺伝子の働き方は固定されたものではなく、進化の過程で大いに変更可能だったのではないだろうか。一応仕事は決まっていたものの、頼まれれば他の仕事も引き受けて、それなりにこなす、そういった柔軟性があったのかもしれない。一方、哺乳類系統が進化する過程で、大脳皮質構造の獲得と同時にそれぞれの遺伝子の役割は厳密に決められてしまった。そのおかげで哺乳類独特の巨大な脳組織や神経回路が構築可能になったわけだが、一方で遺伝子や神経細胞の高度な分業化が進んでしまった。一旦こうした組織を完成させてしまうと、解体して別の組織を構築するのは極めて難しい。大脳皮質の基本構造が現存する哺乳類の中で極めて保存されているのは、こういう理由かもしれない。そう考えると、爬虫類の脳は、我々哺乳類が取りえなかったもうひとつの脳の形を反映しているのだろう。

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ミエリン鞘はとも呼ばれ、軸索に巻き付いて絶縁体として働く構造である。これにより神経パルスはミエリン鞘の間隙を跳躍的に伝わる(跳躍伝導)ことで神経伝達が高速になる。ミエリン鞘は末梢神経系の神経ではシュワン細胞、中枢神経系ではオリゴデンドロサイトから構成される。

脳の中にある空洞のこと。脳脊髄液で満たされている。脊髄にあるものは中心管と呼ばれる。

神経堤細胞は脊椎動物の発生時に見られる神経管に隣接した組織。頭部では神経、骨、軟骨、甲状腺、眼、結合組織などの一部に分化する。

細胞の生体膜(細胞膜や内膜など)にある膜貫通タンパク質の一種で、特定のイオンを選択的に通過させる孔をつくるものを総称してチャネルと呼ぶ。筒状の構造をしていて、イオンチャネルタンパク質が刺激を受けると筒の孔が開き、ナトリウムやカルシウムなどのイオンを通過させることで、細胞膜で厳密に区切られた細胞の内外のイオンの行き来を制御している。刺激の受け方は種類によって多様で、cGMPが結合すると筒の穴が開くものをcGMP依存性イオンチャネルと呼ぶ。TRPチャネルも複数のファミリーからなるイオンチャネルの一群であり、非選択性の陽イオンチャネルである。発見された際に用いられた活性化因子の頭文字や構造的特徴から、A (Ankyrin), C (canonical), M (melastatin), ML (mucolipin), N (no mechanoreceptor), P (polycystin), V(vanilloid)の7つのサブファミリーに分類されている。TRPは、細胞内や細胞外の様々な刺激によって活性化してセンサーとして働いたり、シグナルを変換したり増幅したりするトランスデューサーとしての機能も併せ持つ。温度センサーやトウガラシに含まれるカプサイシンのセンサーとしても機能していることが知られている。

任意の遺伝子の転写産物(mRNA)の相同な2本鎖RNAを人工的に合成し生物体内に導入することで、2本鎖RNAが相同部分を切断して遺伝子の発現を抑制する手法。2006年には、この手法の功績者がノーベル生理・医学賞を受賞している。

様々な動物種間で塩基配列やアミノ酸配列を比較することによって、類似性や相違を明らかにする手法。この解析によって動物種間の近縁関係や進化の過程を予測することが可能になる。

発生過程で神経管を裏打ちする中胚葉組織であり、頭索類・尾索類では背骨のような支持組織としての役割を持つ。脊椎動物では運動ニューロンの分化を誘導するなど発生学的役割を持つ

魚類に顕著にみられる鰓のスリットで、哺乳類では発生の初期にはみられる。発生が進むと複雑な形態形成変化が起き、消失するが、外耳孔などは鰓裂の名残ということができる。

動物の初期発生において最初の形態形成運動として原腸陥入が起こる。原腸は消化管に分化する。この原腸陥入によって生じる「孔」を原口と呼ぶが、これが将来の動物の体の口になるのが前口動物であり、肛門になるのが後口動物である。半索動物、脊索動物は後口動物である。

ナマコの幼生のことをオーリクラリア幼生と呼ぶが、ウニのプルテウス幼生、ヒトデのビピンナリア幼生、ギボシムシのトルナリア幼生など、形態的共通性をもつ幼生全体をまとめてオーリクラリア(型)幼生と呼ぶ。今日ではディプルールラ型幼生という呼び方が広く使われている。この説はガルスタングが1928年に提唱した。その時代にはオーリクラリアという用語が使われたため(ディプリュールラ説ではなく)オーリクラリア説と呼ばれている。

Hox遺伝子はショウジョウバエで発見されたホメオティック遺伝子の相同遺伝子である。無脊椎動物のゲノムには基本的に1つのHoxクラスターがあり、脊椎動物のゲノムには4つのHoxクラスターがある。Hoxb1は4つあるクラスターのうちのBクラスターに属する1番目のHox遺伝子という意味である。

脊椎動物胚の後脳領域には頭尾軸にそった分節性(等間隔の仕切り)がみられる。この各分節をロンボメアと呼び、図14に示すように7番目までは形態的に明瞭に観察できる。

脊椎動物のゲノムにはふたつか3つのIsletが存在する。Isletは脳幹(延髄、橋、中脳)の運動性脳神経核に発現して、運動ニューロンの分化に関与している。

感桿型では光刺激はホスホリパーゼCとイノシトールリン酸経路を活性化させる。繊毛型ではホスホジエステラーゼによる環状GMPの代謝が関与している。

気嚢による換気システムは獣脚類と呼ばれる恐竜から鳥類に至る系統で段階的に進化していったと考えられる。

このような特異な形態は胚発生期には見られず、生後に発達する。その過程は頭骨に見られる「テレスコーピング現象」と並行して進む。

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卵や精子、その元となる始原生殖細胞などを指し、子孫に遺伝情報が引き継がれる細胞そのものである。

卵や精子を作る減数分裂において、母由来の染色体と父由来の染色体が対合したときに、同じ領域がランダムに入れ替わる(組み換えられる)。つまり、我々の”配偶子の”染色体は、父親と母親由来の染色体がモザイク状に入り交じったものなのである(体細胞の染色体は免疫グロブリンなどの一部の領域を除いて基本的には均一なものと考えられている)。

 タンパク質にコードされる遺伝情報をもつ塩基配列。狭義にはゲノムDNAのうち、mRNAに転写され、タンパク質になる部分。近年は、タンパク質に翻訳されないものの、機能をもつtRNA、rRNAやノンコーディングRNAなども遺伝子の中に含められるようになっている。本書では、特に注意書きのない限り、タンパク質の元となるmRNAになる部分を遺伝子、と呼ぶ。

 では、その転写因子はなにが発現させるのか、というと、やはり別の転写因子である。卵の段階から、母親からmRNAとして最初期に発現する遺伝子は受け取っているので(母性RNA)、発生の最初期に使う転写因子を含む遺伝子群に関しては、転写の必要がないのである。その後、発生、分化が進んでいくと、それぞれの細胞集団に必要な転写因子が発現し、実際に機能をもつ遺伝子の転写を促す。

遺伝子は、核酸配列の連続した3塩基(コドンと呼ばれる)が1アミノ酸に対応し、順々にペプチド結合で繋げられてタンパク質となる。3つの塩基は43=64通りになるが、アミノ酸の数は20個、stopコドンを含めても21種類しかない。したがって、同じアミノ酸をコードするコドンは複数あり、たとえ変異が入ってもアミノ酸は変わらないことがある。これを同義置換と呼ぶ。一方で、変異によってコードするアミノ酸が変わってしまう置換を非同義置換と呼ぶ。

 ふたつの系統が祖先を共通にした最後の年代。本章では、近年の分岐年代推定を利用して作成された系統樹(当該文献[9]のFig.1を参照)からおよその年代を読み取り、記入している。

 アフリカツメガエルや、コイ科、サケ目など、進化上の随所でも全ゲノム重複が起こっている。

 最もよく知られている放射性同位元素による年代測定は、放射性炭素年代測定である。炭素12Cは紫外線や宇宙線によって、空気中では一部(1/1012)が常に14Cに変換されている。つまり、大気中ではいつの時代も1兆個の炭素原子のうちひとつが14C、残りが12Cという割合なのである(太陽活動の変化などにより若干のブレはある)。しかし一旦生物の体内に炭素が取り込まれ、そしてその生物が死に、地中に埋まってしまえば、もう宇宙線も紫外線も当たらないので、14Cへの変換は起こらない。ここで14Cは放射性同位元素であることに注目したい。14Cは約5730年で半分が崩壊し12Cに変換される。したがって、14Cの比率でいつその物質が地中に埋まったのかがわかるのである(文献7)。

 ただし、この放射性炭素年代測定では、14Cの検出限界の関係で、せいぜい6万年が限界である。それより昔は火山岩に含まれる物質の、やはり放射性崩壊の半減期を元に推定される。例えば、K-Ar法では、40Kが40Arに13億年の半減期で放射性崩壊することを利用する。溶岩からできたての火山岩か、あるいは何億年も経ったものかを調べることができる。40Kは岩石中に元々大量に存在するため、差異を検出することは不可能だが、40Ar(常温で気体)は大気中には微量しか含まれないため、岩石中に封入された気体の中の40Arの含有率を計測することにより、その岩石の古さがわかる。当然、40Arの率が高い物が古い岩石である。このように、複数の放射性元素の崩壊の半減期から地質年代というのは推定される。

 南米にもごく少数ながら有袋類が現存しており、これらのゲノム解析・比較から、オーストラリア・南米で現生の有袋類の共通祖先は、実は南米で生まれ、当時陸続きだった南極大陸を経て、オーストラリアにいたったと考えられている。

 世界で最も臭いといわれているシュールストレミングをネットで取り寄せて購入したとき、人々は逃げるどころか、わざわざ悶絶するために集まってきた。いい匂いの物を取り寄せても20人もの人数は集まるとは思えず、怖い物見たさという悪趣味な好奇心はたいしたものである。無論、取り寄せた私も例外ではない。ちなみに、シュールストレミングはひとかけらをクラッカーの上に載せるくらいの食べ方なら悪くない気もする。

このふたつの硬骨の作られ方について、第3章に詳述があるので参照。

 ガノイン鱗には我々の歯のエナメル質を作る遺伝子と相同な遺伝子が発現しており(文献18)、イメージとしては歯で身体を覆われているようなもので、当然極めて強固である。

 遺伝子にはその由来によっていくつかの異なる呼び名がある。オーソログとは、共通祖先がもつある遺伝子Aが、種分化によって2種以上の生物に受け継がれた時、受け継がれた遺伝子たちをオーソログと呼ぶ。パラログとは、遺伝子重複によって生じたふたつ以上の遺伝子を指す。最近では大野乾氏の功績をたたえ、ゲノム重複によって生じたパラログで現存するものを特にオオノログOhnologと呼ぶ。

 異化と同化……この2種類の化学反応によって生命活動は維持されている。異化は物質を分解してエネルギーを取り出す代謝経路、同化はエネルギーを使って必要な物質を体の中で作り出す代謝経路。

 アデノシン三リン酸の略。生体内のエネルギー通貨として、様々な化学反応に用いられている。

 組織中の核酸分子(ここでは特定の遺伝子から転写されたmRNAを指す)の分布を検出する手法。調べたい遺伝子の塩基配列を元に、そのmRNAに特異的に結合する分子を設計・合成することで特異度の高い検出が可能となっている。

 通常の生物の核ゲノムはそれぞれの両親に由来する染色体が2本1セット存在し(ディプロイド)、その染色体間で組み替えが起こるため遺伝的な由来を辿る作業がしばしば煩雑になる。しかしミトコンドリアは母親由来であるため(ハプロイド)、そのゲノムを利用することで比較的簡便に遺伝的な類縁関係を遡ることが可能となる。

 増幅断片長多型:制限酵素で切断したゲノムDNA断片をPCRにより増幅し、断片の長さの違いを網羅的に検出比較する方法。この断片長の違いを種間の類縁関係の推定に使用することが多い。

 sexual conflict。ある形質が片方の性にとっては有利だが、もう片方の性にとっては不利な場合にオスメス間で生じる対立。

 次世代シーケンサーを利用して、各組織に発現する遺伝子の種類や量を網羅的かつ定量的に推定する解析方法。

 真核生物のゲノムに散在する反復配列のうち、一度DNAからRNAに転写され、その後に逆転写酵素の働きでcDNAとなってからゲノム中の別の座位に組み込まれるものを指す。数多くのレトロポゾンが存在しており、例えばヒトゲノムは約40%がレトロポゾンによって占められている。

 太陽光には連続したことなる波長成分の光が含まれているが、その波長によってエネルギーが異なるため、水中に到達する波長成分の割合が深さによって異なることがわかっている。特に濁ったビクトリア湖のような水環境では浅場の方が短波長である青色光の成分が多く、深場では長波長の黄色〜赤色の成分が多いことがわかっている。

 タンパク質をコードするDNA配列上の塩基置換にはアミノ酸の置換を伴う非同義置換と、伴わない同義置換がある。一般に、同義置換は生体に影響を及ぼさないため中立であるが、非同義置換は生体にとって不利であることが多い。ただしタンパク質の機能変化が個体にとって有利な場合は非同義置換の割合が上昇することが知られており、それを正の自然選択と呼ぶ。同義置換と非同義置換の割合を統計学的に比較する方法がある。詳細については第7章およびコラム「適応進化に関わる候補遺伝子や候補領域を絞り込むアプローチ」を参照。

   発生初期の胚の一部の細胞群から作られ、生殖細胞を含む様々な組織に分化可能な性質(多能性)を有する細胞株。英語名(embryonic stem cells)の頭文字をとって、ES細胞と呼ばれることも多い。

 変異体を元になった親系統と交配すること。TILLING変異体に関しては変異以外の部分を親系統由来のゲノムに置換するために行う。1回の交配で全体の50%の領域が置換されるため、90%以上を置換するためには最低4回の、99%以上を置換するためには最低7回の戻し交配が必要である。

 タンパク質の二次構造のうち代表的なモチーフのひとつ。水素結合により形成されたらせん状の形である。

 Francis Crickが1958年に提唱した、遺伝情報がDNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質、という流れで伝わるという概念のこと。分子生物学の基本となる極めて重要な概念である。

 ヒメダカの原因遺伝子としてだけでなく、ヒトの先天性白皮症(つまりアルビノ)やホワイトタイガーの原因遺伝子としても知られる。水素イオンを運ぶトランスポーターをコードすることがわかっているが、その黒色素産生(メラニン合成)における機能は未解明な点が多い。

 相同組換えの鋳型となる外来DNA断片のこと。通常、導入したい配列(GFP遺伝子や特定の塩基置換など)の上流・下流それぞれに、導入したいゲノム領域と相同な配列(相同アームと呼ばれる)を持ったDNA断片である。

 RNAポリメラーゼが結合し、RNAを転写するのに必要最小限の遺伝子上流配列。通常、単独では下流の遺伝子は転写されないが、周辺に転写活性化領域(エンハンサーなど)が存在すると、その影響を受けて下流に存在する遺伝子が転写される。

 オオシモフリエダシャクの「工業暗化」の例を考えるとわかりやすい。これは、産業革命以降のイギリスで、暗化型と呼ばれるより黒い個体の割合が多くなったとされる例である。この蛾は、自然が多い地域では淡色型が目立ちにくく、鳥に捕食されづらかったが、すすで黒くなった木が多い工業地帯では、より黒い暗化型のほうが目立ちにくく、生き残りやすかった。この場合、仮に蛾の色をより黒くするアミノ酸変異が生じたとすると、そのアミノ酸変異は工業地帯で生存に有利で、固定されやすいだろう。ちなみに、近年、具体的にどんな遺伝的変異がこの工業暗化に関わっていたのかが詳細に解析されつつある。

 SWS = short wave sensitive opsin、つまり短波長の光に感受性をもつオプシンのサブタイプ。

 第4章にも記載されているように、深いところには波長の長い赤い光のみが届く傾向がある。つまり、水深の深いところに棲む集団では、青い光を感受するSWSの機能は重要ではなくなってしまう。

 Gタンパク質はGTP結合タンパク質ともよばれ、GTPと結合することで活性化される。GTPを加水分解する性質をもっており、結合しているGTPがGDPに加水分解されると自身が不活性化される。受容体からの信号を中継するものは三量体(α、β、γサブユニット)として存在している。

 神経伝達物質は、放出された後、即座に分解されなければ迅速な伝達を成し得ない。したがって、こういった分解酵素の存在は、ATPが実際にその部位で神経伝達物質として働いていることの傍証となる。

 セロトニンは生体内に存在するモノアミンの一種であり、神経系では神経伝達物質として機能する。生体内のセロトニンの大部分(〜95%)は腸管に存在しており、神経系に存在するものは割合としては小さい。神経系では中脳の縫線核という部位のニューロンで産生され、情動機能等に関係しており、セロトニンの再取り込み阻害剤には抗鬱薬の作用がある。味蕾に存在するセロトニンはそれらとは別の働きをもっていると考えられる。

 迷走神経には感覚性の線維と運動性の線維の両方が含まれており、ここでの迷走感覚神経とはその中の感覚性の要素のみを指す。

 神経細胞(ニューロン)で、突起状の構造(軸索や樹状突起)以外の、核の周辺部の構造を細胞体という。

 ある細胞が放出するリガンドが、その細胞自身の受容体に働くことを自己分泌という。近傍の細胞の場合は傍分泌と呼ぶ。近隣の同じ性質をもった細胞に作用する場合と、自分自身に働く場合を合わせて、自己・傍分泌と呼ぶことが多い。哺乳類のキスペプチンニューロンは、キスペプチン以外に放出するニューロキニンB、ダイノルフィンと呼ばれるペプチドが、キスペプチンニューロン自身に作用することで、アクセルとブレーキのように働き、そのタイムラグでキスペプチンの放出を間歇的に引き起こす。これが前述のGnRHパルスを生み出しているとされている。

 市場に出ている子持ち昆布の中には、ニシン以外の魚(タラの仲間など)を用いて加工されているものもある。また、本物のニシンの卵の場合も、自然に海藻に産みつけられた卵はもっとまばらなので、あのようにびっしりと卵が並んで食べ応えのある子持ち昆布は人為的に作られているようだ。

 タンパク質の一次構造を形成する際にアミノ酸間に形成されるペプチド結合ではなく、側鎖にあるアミノ基とカルボキシル基の間に形成されるペプチド結合のこと。

 2-⑴で述べたように魚類の卵膜の別名は“コリオン”である。将来コリオンになるタンパク質のため、“材料”の意味をもつ“-genin”をつけて、コリオジェニンと呼ばれている。

 遺伝子のうち、半数体ゲノムにつき1コピー(体細胞では2コピー)しかない遺伝子以外のもの。

 共通祖先から生じたいくつかの遺伝子のうち、異なる生物種において類似または相同な機能をもつ遺伝子同士のこと。たとえば、ヘモグロビン、ミオグロビン、サイトグロビンなどは共通祖先から由来するグロビン遺伝子ファミリーであり、ヒトもマウスもこれらの遺伝子をもつが、このうちヒトのヘモグロビン遺伝子とマウスのヘモグロビン遺伝子はオーソログの関係にあるといえる。

 遺伝子ファミリーの中には、突然変異などによって機能を失ってしまうものがある。例えば、変異によって翻訳の途中にストップコドンが入ったり、プロモーターの欠損による転写不能や、転写後のプロセッシングに関与する配列の欠如による成熟mRNAの形成不全などがある。このように、配列の痕跡は残っており、どの遺伝子ファミリーに属するかは明らかだが、機能的でない遺伝子を偽遺伝子(Pseudogene)という。

 魚類では毎年数百の新種記載があり、2018年現在において硬骨魚類の現生種の記載数は3万をこえる。

 栄養リボンという邦訳は、山岸宏『比較生殖学』(東海大学出版会、1995年)による。

 第8章で触れられているデンキウナギなどは、長い身体の大部分が発電器官になっており、肛門の位置が同じように著しく前方に位置する。

 酵素活性は同じであるが、アミノ酸配列の違いによって性質の異なる酵素タンパク質。タンパク質の電気泳動度の差異から、その支配遺伝子座における遺伝子型の差異を検出できる。

 生物相の分布境界線で、この線を挟んで動植物相が大きく変化する。この線の西側が東洋区、東側がオーストラリア区とされる。ウォーレスとウェーバーがそれぞれ異なる境界線を提唱した。スラウェシ島やティモール島は両者の境界線の間に位置する。

 個体や系統を識別する上で目印となるDNA配列のこと。系統間で塩基配列が異なる領域があれば、そこをDNAマーカーとして利用できる。

 ゲノムDNAを制限酵素で切断し、100〜200kbの断片を細菌人工染色体(BAC)ベクターに組み込んでクローン化したもの。大きな領域の物理地図や塩基配列決定に必要とされてきた。

 DNAマーカーや既知のクローンを用いて、配列が一部重なり合うクローンを同定する作業を繰り返し、目的遺伝子近傍のクローンコンティグを作成する方法。

 ミュラー管とは哺乳類の発生過程で将来卵管になる管で、オスではこのホルモンの働きによって退縮する。しかし、真骨魚類にミュラー管はなく、別の機能をもつと考えられる。

 メダカ博士こと山本時男博士は、1953年d-rR系統(オスが緋色、メスが白色の限定遺伝をもとに育成作出された系統、X染色体上に潜性(劣性)のr遺伝子、Y染色体状に顕性(優性)のR遺伝子をもつ、体色により遺伝的な性の判別が可能)の孵化直後から性ホルモンを経口投与して性の人為的転換に成功した。すなわちXrXrでもアンドロゲン投与によりオスとなり、正常メスXrXrと交配して、メスメダカばかりを生んだ。XrYRもエストロゲン投与によりメスに性転換し、正常のオスXrYRと交配した。性ホルモンによる性転換が多くの研究者から示されていたが、山本博士によって初めて遺伝的な性と性ホルモンによる性転換の関連が明らかにされた。コラム⑧も参照。

 コ・オプション(co-option)、遺伝子の使い回し。既存の遺伝子が新たな機能を担うようになること。

 非同義置換よりも大きな影響を与えるのがフレームシフトである。3の単位で塩基は読まれていくが、もし、3の倍数以外の挿入/欠失が起こった場合は、その後の配列が全て読み枠がズレてしまい、その挿入/欠失より後(C末端側)ではまったく異なるタンパク質ができてしまう。

008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングス(Lehman Brothers Holdings Inc.)が経営破綻したことに端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した事象を総括的によぶ通称

通称ブレグジット(英語: Brexit)とは、イギリスが欧州連合(EU)から離脱すること