第2章 脳の起源―中枢神経系の誕生

原始的な脳

 神経細胞あるいはそれによってつくられる神経系というシステムは、カイメンなどの一部のグループを除き、すべての動物が持っている。また神経細胞が局所的に集合した神経節、その細胞体から伸びる神経突起が束ねられた構造は、様々な動物において広く見られる。私たちがふつう動物と聞いて思い浮かべるのは、哺乳類やサカナ、トカゲや様々な昆虫など、進行方向が決まっている動物たちである。これらの動物は一般的に体の左右で対称性を示すので、左右相称動物と呼ばれる。そして多くの場合、その前後の軸に沿って発達した中枢神経系を持っている。この中枢神経系のうち、前後軸に沿って形成される神経系を体幹神経系と呼ぶ。この代表的なものは脊椎動物の脊髄である。また神経細胞が多く集まった脳神経節あるいは中心複合体と呼ばれる神経組織が形成されることも多い。脊椎動物などでは、前方の脳神経節は大きく肥大してひとつのまとまった構造を作り、これを一般的に我々は「脳」と呼ぶ。

 進行方向が決まっている脊椎動物や昆虫などの左右相称動物は、環境からの情報が体の前端において最初に知覚されることになる。そこでこれらの動物では視覚や嗅覚、聴覚などの感覚器が、体の前方に集中する。これらの感覚器から入力される情報を効率的に処理するために、左右相称動物の脳は体の前方で発達するのだと考えられている。左右相称動物を見る限り、この考えはとても説得力があるのだが、脳の起源に関してひとつの仮説を導く。すなわち、進化の上で脳が生じたのは、進行方向に感覚器が集まった左右相称動物の出現と同時かそれ以降であるということである。果たしてこの考えは正しいであろうか。

 近年、動物における解析が進むにつれて、脳に代表されるような神経細胞の集合体が、左右相称動物の出現以前に進化していた可能性が浮上してきている。刺胞動物は、クラゲやイソギンチャク、サンゴ、ヒドラ、ウミエラなどを含む原始的な動物門で、すべての左右相称動物の祖先が生まれる前に分岐した系統であり、かつ原始的な動物の中では左右相称動物に最も近い動物門である図1。そのため、左右相称動物の中枢神経系が、いつ、どのように生じたのかを考える上で、刺胞動物の神経系の特徴の理解が貢献できる幅は広い。例えば、刺胞動物も決まった進行方向を持っているが、神経細胞の集合が発達するのは必ずしもその前方ではない。

 この章では、左右相称動物と刺胞動物の共通の祖先が、どの程度中枢化された神経系を持っていたのか、またその神経系の中枢化はどのように生じたのかについて、新たな知見や仮説をいくつか紹介しながら、刺胞動物における最新の研究成果を踏まえた筆者の考えを紹介する。

中枢神経系の構造

 左右相称動物の中枢神経系の構造は多様であり、節足動物や環形動物のハシゴ状神経系、また扁形動物のカゴ状神経系など、生物学の教科書で紹介されている例はよく知られている。多くの動物で神経系の構造が明らかになるにつれて、中枢神経系にはさらに多様な構造が認められることがわかってきた。図2を見るとわかるように、主要な左右相称動物の系統について比較しただけでも、その中枢神経系の構造の多様性は大きい。神経系に見られる様々な構造は、その機能と密接に関係しているはずであり、進化において動物の体の構造や生活様式の多様化に対応して発達してきたと解釈するのが自然である。神経系の機能が、外部の情報を得る感覚器と、筋肉や臓器などの出力系との間にある情報処理システムである以上、体のつくりの多様化に伴って神経系の構造が多様化してきたのは、特に驚くことでもない。左右相称動物の高度に発達した中枢神経系の詳細については他の章を参照していただきたい。

図2.左右相称動物と刺胞動物の集積神経系

図2.左右相称動物と刺胞動物の集積神経系

 さて、左右相称動物は様々な中枢神経系を進化させてきたわけだが、それでは、様々な動物の系統で多様化・高度化が進む以前の中枢神経系は、どのようなものであったのだろうか。中枢神経系の進化的起源や、その初期の進化過程について議論を進めるためには、より原始的と考えられる神経系を調べることが重要である。教科書では多くの場合、最も単純な神経系を持つ動物の例として刺胞動物のヒドラを紹介している。ヒドラの神経系は、構造的に見て際立った集積化が見られず、体全体に網目状に広がった神経系であり、散在神経系と呼ばれる。単純な体の構造を持った左右相称動物においても、明確に中枢化された神経構造がなく、刺胞動物の散在神経系に似た神経系を持つものもいる。これらのことは、左右相称動物と刺胞動物の共通の祖先は散在神経系を持っており、それらの系統が分岐したのち、左右相称動物の系統で中枢化された神経系が進化してきたことを示しているように見える。しかしながら、刺胞動物の神経系が実はそれほど単純ではないことを示す証拠が徐々に蓄積してきており、神経集積化の進化プロセスに関して受け入れられているこのシナリオは、再考を迫られている。

進化の過程を理解する︱最大節約法

 脳の起源について具体的な話を始める前に、脳の起源や進化過程を考える際に重要となる方法論について触れておきたい。

 進化の過程で、ある形質がどのようなプロセスを経て進化してきたかを理解するための方法のひとつとして、最大節約法がある。最大節約法では、生物の進化において、変化する必要がなければ生物は変化しにくいという性質のもと、複数の可能な進化過程の中から、形態や性質などの変化のステップが最も少ない進化過程を選ぶ。これにより、ある生物種(あるいはグループ)で見られる特徴が獲得された進化の道筋について、可能性の最も高いものを推定する。例えば、図3Aの生物種a、b、cのすべてで見られる特徴(例えば脳)は、その共通祖先dにおいても見られたであろうとする。これは、共通祖先dで1回獲得された特徴がa種、b種、c種で保持されていると仮定した方が、それぞれが分岐した後にその特徴が3回独立に獲得された場合よりも必要なイベントが少ないからであり、進化の道筋として可能性が高いと考えるからである。生物というのは非常に複雑なシステムで、細胞から個体の行動まで含むあらゆるレベルで、システムに影響する変化は多くの場合悪い影響を及ぼす。そのため、環境が許す限り、生物はそのシステムの現状を維持する傾向がある。このような生物進化の一般的性質があるため、最大節約法は進化のプロセスを理解するために非常に役に立つのだが、注意すべき点として大きくふたつある。ひとつは、対象とする系統の数が少ない場合には、結論が得られないことがあることである。例えば図3Bでは、扱う系統が4種であり、うちb’では共通の特徴(脳)がない。この進化過程に対する最も単純な(節約的な)説明は二通りある。ひとつはc’とd’の共通祖先とa’で独立に脳を獲得したというものであり(説明1、もうひとつはf’で1度だけ脳が獲得され、その後b’で2次的に失われたというもの(説明2である。図3Bでは、どちらもイベント回数は最少の2回であるため、これ以上は判断できない。扱う系統を増やし、その結果が例えば図3Cのようであれば、説明2が支持される。このように、最大節約法では扱う系統の数(特に問題となる系統に近い系統の数)が、仮説の確かさに非常に大事であることがわかる。

図3.最大節約法による進化過程の推定
動物の系統樹をもとに節約的な脳の進化を推測する方法。種の数を増やすことと、それらの正確な系統関係の理解により、仮説はより確かなものになる。

 最大節約法において重要なもうひとつのことは、系統樹の形の信頼性である。もし前提とする系統樹が確かなものでなければ、最大節約法によって得られた仮説の信頼性も低下する。例えば、図3Bで用いていた系統関係が誤りで、実際は図3Dのように系統樹を変更しなければいけかった場合、それに伴って進化過程を考え直さなければいけなくなる。このように、最大節約法によってある形質の進化のプロセスを理解しようとする場合は、十分な数の系統を含む、正確な系統樹を用いるのが重要である。

動物の系統樹

 ある形質の進化過程について、最大節約法によって得られる仮説が意味のあるものになるかどうかは、系統樹の確かさに依存していると述べた。近年、ゲノムプロジェクトにより多くの動物種のDNA情報が利用できるようになったことと、分子系統学の手法が発展してきたことにより、動物の系統樹が確かなものになってきている。DNA配列が利用できるようになる以前は、動物の形態などの特徴が系統樹を作成するために用いられてきた。各動物系統において、できるだけ多くの比較可能な特徴を集め、それらが変化してきた回数が最大節約的になるような系統樹の形が考えられてきたのである。しかしながらこれらの系統樹は、形態などの表現形をもとに作られた系統樹であるから、この系統樹をもとに表現形の進化過程を論ずることに関しては根本的な問題があった。

 近年のDNA解読技術の飛躍的な進歩により、DNA解読にかかる時間的、費用的な障害が大幅に低下したことで、多くの生物で系統解析に有意義なDNA情報が急速に集まりだした。DNAの配列は淘汰圧の影響を比較的受けにくく、時間に応じて中立的に変異を蓄積する傾向が強いため、より中立な系統関係の推定に向いている。また原理的には2万以上ある遺伝子を解析に用いることができるため、表現系に比べてはるかに大きい情報量での解析が可能なことも利点である。

 DNAの配列を用いた系統関係の推定法としても、最大節約法は用いられている。ただ、多数の系統でDNA配列の情報が蓄積してくるにつれて、分子系統解析では他の推定法(最尤法やベイズ法)が用いられるのが一般的になってきている。動物の系統樹については、2008年に多数の遺伝子配列を用いた大規模な解析が報告された。さらに新たな系統を加えるなどの再検証は続けられ、現在では動物の系統樹については一定の確かさが見えてきた。実は一部の原始的な動物については、系統的位置にまだ不確かさがあるのだが、この問題はこの章で扱う脳の起源に関する議論にはとりあえず影響しない。現時点では、左右相称動物と刺胞動物の系統関係をもとに脳の進化過程を考え始めることに大きな意味がある。現在考えられている動物の系統を図1に見ていただきたい。脳の起源は左右相称動物の祖先種が出現した時かその少し前の時期の出来事であると考えられるので、この系統樹では左右相称動物の大きな分類群と、その直前に分岐した刺胞動物に焦点を当てる。

原始的な動物の神経系

 祖先的な神経系がどのような構造であったかを知るために、今まで多くの研究者が、進化的に古い動物の神経系を調べてきた。ここでいう進化的に古い動物とは、動物の進化の初期に、他の動物系統との共通祖先から派生し、現在も生きている動物の事である。これらの動物群の中で、すべての左右相称動物の共通祖先が現れる前に派生した現生系統には、刺胞動物、平板動物(センモウヒラムシ)、有櫛動物(カブトクラゲ、ウリクラゲ、クラゲムシなどのクシクラゲ類)、そして海綿動物の4動物門が含まれ(図1)、まとめて原始後生動物と呼ばれている。これら原始動物群の中で、神経細胞を持っていることが明らかとなっている系統は、刺胞動物と有櫛動物だけである。有櫛動物の神経系に関する研究は遅れており、どのような種類の神経細胞や神経系の構造があるのかについてわかっていないことが多く、神経系の発生過程などについても明らかではない。また、有櫛動物などの原始後生動物の系統関係に関しては、解析方法などの違いによって研究者により意見が異なっており、まだ結論が出ていない。現時点で確かなことは、刺胞動物が全ての左右相称動物に最も近縁な系統であるということと、刺胞動物の神経系は左右相称動物の神経系と進化的な起源が同じということである。そのため刺胞動物は、左右相称動物の中枢神経系へとつながる集積神経系の初期進化過程を理解するために、非常に有用なモデルとして考えられている。

 現在までに、左右相称動物と刺胞動物で得られた知見をもとに、脳の起源と初期の進化過程のシナリオがいくつか考えられている。そのうち幾つかを次に紹介しよう。

様々な進化のシナリオ

 脳の構造の多様性に注目するミシガン大学のマイケル・ファリースは、左右相称動物における離れた系統(例えば前口動物と後口動物)で見られる脳の構造の違いの大きさから、それらは進化的起源が異なるものであり、各系統が分岐した後、それぞれ独立に獲得されたものだという立場をとっている。確かに現存の左右相称動物で見られる様々な脳の構造は、非常に高度化・特殊化した部分もあり、そのような特徴に関しては異なるグループの間で構造的な差が大きい。特定の系統において見られる様々な特徴が、左右相称動物の共通祖先において既に存在していたと想像することは現実的ではない。実際に各系統で独自に発達したと考えられる特徴は多くあり、ファリースはその点を重要視する。

 一方で、化石記録も含めて様々な動物の脳の構造を解析しているアリゾナ大学のニコラス・ストラウスフェルドは、脳の定義に関してより幅を持った考え方を持っている。少数の神経細胞からなる非常に単純な神経構造であれ、それが神経系による情報処理の統合機能を持っていれば、脳とみなすことができるのではないかと考えている。高度に発達した様々な脳の構造の比較から、原始的な脳の構造を想像することは難しく、また単純な神経構造をどこまで「脳」と考えるべきかという問題についてもまだ研究者の間で一致した考えはない。しかしながら、ストラウスフェルドのように脳の範囲をその機能の面から広く捉えることは、なぜ脳のような集積神経系が生じたのかといった進化的起源に関する問題や、その初期進化過程を考える上で特に重要である。

 脳の起源を理解するために、脳が作られるために重要な遺伝子を調べることの重要性が認識されてきている。多くの動物は、研究室などの限られた場所・条件での飼育が難しいのだが、脊椎動物のハツカネズミや節足動物のショウジョウバエなどのように、研究室での飼育と繁殖が容易な種類もいる。そのため、これらの動物種は多くの研究室でモデル動物として使われるようになり、遺伝子の働きを調べる手法も早くから発達した。そのおかげで、これらモデル動物においては、脳を含む神経系の構造的、機能的な特徴や、それらの発生に関わる遺伝子の働きについて、多くの知見が蓄積してきている。モデル動物における脳の研究がもたらした恩恵は幅広く、脳の進化の理解においても先導的な役割を担ってきた。実際、進化的に離れている脊椎動物と節足動物の間で同じ遺伝子の働きを比較できることは、脳について進化的に保存された様々な特徴を知る上で極めて有効であり、そこから生まれてきた仮説には非常にインパクトのあるものが多かった。

 動物の初期進化過程において多くの魅力的な学説を発表しているデンマークの著名な動物学者クラウス・ニールセンは、左右相称動物で広く保存されていることが示唆されている遺伝子に着目して、動物進化のより祖先的な段階でどのような「脳」がありえたかについて考察している。原始的な脳の性質を考えるためには、まずその原始的な動物の体の形についてはっきりさせなければいけないのだが、残念ながら保存状態の良い化石記録が少ないこともあり、現存する左右相称動物の共通の祖先がどのような体のつくりをしていたかは定かではない。これについては現生の原始的な動物の体のつくりを調べることで、祖先的な状態を再構築する試みが進んでいる。この点についての詳細な議論は省くが、現在の時点では、刺胞動物のプラヌラ幼生のような体をしていたとする「プラヌロイド仮説」、あるいはより明確な左右相称性が備わった無腸動物のようだったとする「アセロイド−プラヌロイド仮説」のふたつの仮説が有力と見る研究者が多い。最近は刺胞動物のプラヌラ幼生において、神経系の構造やその発生の仕組みを明らかにする研究が進んできたこともあり、プラヌロイド様の祖先動物からどのように神経系が進化してきたかの議論も活発になっている。

 神経系の初期進化に関して、ニールセンが特に注目しているのは、浮遊性のプランクトン幼生から底生性への変化に関連したものである。左右相称動物であっても、浮遊性の幼生では、神経系の組織化が進行方向と明確な関連性を示しているわけではない。底生性の左右相称動物のように、決められた進行方向と関連した体のつくりが発達すると、その進行方向において構造的に明確な脳が見られる場合が多い。ニールセンは、プラヌロイド様の祖先動物において、刺胞動物のプラヌラ幼生で見られる頂端感覚器官や口側神経系などの単純な神経構造(刺胞動物の神経系の詳細については後述)を想定し、左右相称動物の出現初期において、より明確な前後軸の獲得と関連して、それらは脳と体幹神経系とに進化したという過程を考えている図4。これは、ゴカイなどのらせん卵割動物(冠輪動物)で広く見られるトロコフォア幼生を左右相称動物(厳密には前口動物)の祖先的な状態であると想定しており、トロケア仮説と呼ばれている。

図4. ニールセンのトロケア仮説(trochaea theory)。
遊泳型の仮想祖先動物「トロケア」(上)から底生型の成体(下)への発生過程の進化が、進行方向が決まった左右相称動物の誕生につながったとする考え。この仮説では、トロケアの頂端感覚器官は脳神経節になり、環状神経系は体幹神経系になったと想定する。またトロケアの原始的な口は、体の前部と後部に向かって口と排泄口に分かれ、管状の消化管が形成された。トロケア仮説では、神経の集積化は繊毛による感覚受容や遊泳の制御のために発達したと考える。
[Nielsen, C., (2017)より改変]

 ドイツ・ハイデルベルクの欧州分子生物学研究所のデトレフ・アーレントは、ゴカイの幼生の神経系がどのように発達するのかを詳細に調べた。さらに神経の発達に関わる遺伝子が働く場所について詳細に調べ、刺胞動物などの他の動物系統における知見と比較した。アーレントによる比較によって、刺胞動物の口側神経系とゴカイや他の左右相称動物で見られる体幹神経系との間で共通性が見られ、また左右相称動物において感覚器官を含む前脳領域で発現している遺伝子の中には、刺胞動物の頂端感覚器官が作られる部位においても発現しているものがあることがわかった。これらの知見からアーレントらが考えたのが、キメラ脳仮説である図5)。キメラ脳仮説では、祖先動物としてプラヌロイドのような左右性のはっきりしていない状態を想定する。そして、このプラヌロイドの頂端側と口側の領域を特徴付けている複数の遺伝子の発現パターンは、左右相称動物の脳の前方部分と体幹神経系における似た遺伝子の発現パターンと、進化的起源が同じものであると考える。そしてこの対応関係から、左右相称動物において脳と体幹神経系からなる中枢神経系は、プラヌロイド様の祖先動物の頂端領域と口側神経系というふたつの異なる感覚/神経系がキメラのように融合することによって生じたものだとする進化のシナリオを考えた。このシナリオは、ニールセンのプラヌロイド仮説に対し遺伝子レベルでの根拠を与えると考えることもできる。

 ノルウェーのSARS国際海洋分子生物学センターのアンドレ・ヘニョールは、脳の祖先的な特徴やそれが進化の初期段階で発達してきた過程を理解するために、以下の2点の重要性を強調する。ひとつは、より多くの系統において、神経系の特徴の詳細をまず明らかにしなければならないということである。これはもちろん以前から多くの研究者が主張し、研究に取り組んできたことであるが、ヘニョールがより強調するのは、今まで解析の対象とされることが少なかった、よりマイナーな非モデル動物系統の重要性である。今まで考えられてきた様々な進化の仮説は、ハツカネズミやショウジョウバエ、ゴカイなど、限られたモデル動物における知見をその大きな根拠としている。しかしながら、これらの動物は、どちらかといえば形態などが進化した(特殊化した)系統であり、それらの知見を根拠として原始的な脳のあり方を考えることに対して、慎重になる必要があることは間違いない。

図5. アーレントのキメラ脳仮説(Chimeric brain hypothesis)の根拠となる頂端及び原口のパターンシステムの類似性。
イソギンチャク、ゴカイ、昆虫、カエルの発生胚あるいは幼生期において、神経系の領域化遺伝子の発現パターンを比較した。頂端パターンシステムはsix3、rx、fezf、foxQ2などの遺伝子が発現する領域であり、原口パターンシステムはnk2.1/2.2、pax6、pax3/7-paxD、dllといった遺伝子が発現する原口周辺の領域である。これらのふたつの発現領域は左右相称動物では前脳部と体幹神経系に対応した重なり合うパターンを示すが、イソギンチャク(刺胞動物)では反口側と口側に分かれている。これらのことからアーレントらは、刺胞動物の反口側神経系と口側神経系のようなもともと分かれていた神経系が、進化において融合してキメラとなることにより、左右相称動物の中枢神経系が生じたというキメラ脳仮説を提唱した。
[Tosches, M. A.ら(2013)pp.1080-1089より改変]

 ヘニョールが強調するふたつ目の点は、動物全体の系統関係がより確かなものとなってきているこの状況を、積極的に利用すべきだ、ということである。これはひとつ目の、非モデル動物系統における解析を、今こそ進めるべきであるということにも関係している。マイナーな系統において解析が進んでいなかった背景には、採集しにくい、研究室で飼育しにくい、といった事情もあったが、そもそもそれらの動物の系統的な位置がはっきりしていなかったことが大きい。他の動物との関係がわからない状況では、その動物を調べたところで、その知見を進化過程の理解に役立てることはできない。マイナーだった様々な非モデル動物種においてゲノム情報が次々と明らかになっていくに従って、分子系統解析による信頼性の高い動物系統樹が作られるようになってきた。そのおかげで、それらの動物における詳細な解析が、より普遍的な価値のあるものへと繋がるようになってきている。このような状況になったのはごく最近のことである。

 2018年にヘニョールは、非モデル動物系統において神経構造と遺伝子の発現を詳細に調べ、脊椎動物の脊髄や、ある種のゴカイの腹側に見られる体幹神経系は、進化的な起源が異なるという仮説を発表した図6A。脊椎動物などの後口動物の背側神経系とゴカイなどの前口動物の腹側神経系の進化的起源が同じかどうかは、左右相称動物の祖先の体のつくりや中枢神経系がどのようなものであったかを考える上で重要であり、長い論争があった。共通祖先でひとつの体幹神経系が既に存在していた場合、それが口と消化器官の位置に対して腹側か背側かのどちらかである可能性が高いし、そしてどちらにしても、後口動物と前口動物が別れる過程で一度は起きたはずの背腹軸の逆転と関連することになるからである。脊椎動物やゴカイの体幹神経系では、マーカー遺伝子の発現パターンが逆転しているものの、その並び順は保存されていることから、この背腹軸の逆転の以前に、体幹神経系のパターニング機構は確立していたと考えられてきた。しかしながらヘニョールらは、珍無腸動物や輪形動物(ワムシ)、腕足動物、そして紐型動物を加えた解析結果から、この背腹軸に沿ったパターンにおける保存された傾向を示唆しつつも、そのパターンと体幹神経系の発達との間に進化的保存性は見られないということを主張した。これが正しいとすると、背腹軸を決定するメカニズムは体幹神経系が確立する以前に存在したものであり、のちに一部の系統で体幹神経系のパターニングにも利用されるようになったということになる。これに対してアーレントは、より多くの動物系統での遺伝子発現パターンに関する新しい知見を加え、さらに発生時期も考慮に入れた比較を行った図6B。その結果、刺胞動物を含むほとんどの動物系統で体幹神経系のパターニングに関与すると考えられる遺伝子が非常によく似た発現パターンを示していることから、アーレントは体幹神経系のパターニングは左右相称動物の共通祖先ですでに確立していたと考えている。

図6. 体幹神経系の進化に関するふたつの仮説。
カエル(後口動物)、ショウジョウバエ(脱皮動物)、ある種のゴカイ(らせん卵割動物)などのモデル動物において、体幹神経系を作り出す遺伝子機構が保存されている(●)ことから、体幹神経系は左右相称動物の共通祖先においてすでに獲得されていたと考えられてきた。しかしヘニョールらが珍無腸動物や有顎動物、紐形動物、腕足動物などで比較した結果、それらの動物の成体では遺伝子発現パターンが部分的にしか保存されていないか(○)、あるいは保存性が見られない(×)ため、体幹神経系は左右相称動物の各系統で独立に獲得されたという仮説を発表した(A)。これに対してアーレントらは、刺胞動物を含む多くの動物の神経発生ではよく似た遺伝子発現パターン(B)が見られる時期があることから、体幹神経系は左右相称動物の共通祖先ですでに確立していたと考えている。
[Martín-Durán, J. M.ら(2018) およびArendt, D.(2018)より改変]

 以上のように、様々な左右相称動物の系統においてDNA情報が蓄積し、系統的位置が確かなものになり、さらに神経系の構造や遺伝子の発現パターンに関する知見が増えてきたことで、長年考えられてきた中枢神経系の初期進化に関する解釈が次々に変わってきている。このような議論には刺胞動物における知見が有効であることは既に述べた。実際、中枢神経系の初期進化に関する新たな議論では刺胞動物が含まれることが多い。しかしそれには少し問題もある。ではその何が問題なのかについて考えるために、刺胞動物の神経系がどのようなものなのかについて次に見ていこう。

ヒドラそして鍵をにぎる刺胞動物の神経系

 刺胞動物は神経細胞の集まりを持たず、体全体に広がった網目状の神経系だけからなる散在神経系を持つ動物として教科書などでは紹介されている。原始後生動物としての刺胞動物の系統学的位置から、この中枢化された神経系を持たない散在神経系が原始的な神経系であると想定されることも多い。この刺胞動物の神経系が散在神経系のみであるという考えは、ヒドロ虫綱に属する淡水性ポリプであるヒドラにおける観察から得られた。淡水性のヒドラは研究室での飼育が容易であり、刺胞動物の中でも特に単純な体のつくりを示す。約100年前にアメリカの女性科学者エテル・ブラウンがその単純な体に秘められた驚異的な再生能力を発見して以来、様々な研究がヒドラを用いて行なわれてきた。さらにヒドラの神経系に神経ペプチドが豊富であることがわかってくると、神経ペプチドに反応する抗体を用いた組織染色が行なわれ、この単純な動物が網目状の神経系を持つことが明らかとなった。他の刺胞動物の神経系に比べ、ヒドラにおける知見が多いこともあり、刺胞動物の神経系の代表的な例としてヒドラの神経系を用いることが多かったのである。

 しかしその後、他の刺胞動物の神経系の構造についても解析が進むにつれて、ヒドラで見られる単純な散在神経系が、刺胞動物の代表的な特徴であるとは考えにくくなってきた。実際、様々な刺胞動物で、神経系の構造に局所性やパターンが見られることが多いことがわかってきたのである。さらに近年の分子系統解析により、刺胞動物の5つの綱である花虫綱、十文字クラゲ綱、箱虫綱、鉢虫綱、ヒドロ虫綱の系統関係が明らかになり、ヒドロ虫綱は進化的に特殊化した系統のひとつであることがわかった。刺胞動物の中で最も原始的な性質を残している可能性が一番高いのはイソギンチャクなどの花虫綱である図1。刺胞動物の中で花虫綱と十文字クラゲ綱がプラヌラ幼生とポリプ世代のみからなる生活環であるのに対し、それ以外の箱虫綱、鉢虫綱、そしてヒドロ虫綱の多くはクラゲ世代を持っており、ポリプ世代の後にクラゲへと変態する。つまりクラゲという形態は、刺胞動物の祖先にはなかったより派生的な世代である。

 ヒドロ虫綱にはGFPで有名になったオワンクラゲや、不老不死で話題のベニクラゲ、群体をつくるカツオノエボシやクダクラゲなどが含まれているが、よく知られているのはそのクラゲ世代である。淡水性ヒドラもヒドロ虫綱に属するが、ポリプ世代のみであり、これは進化において2次的にクラゲ世代を失ったと考えられている。つまりヒドラは、特殊化したヒドロ虫の中にあって、体のつくりや生活サイクルをさらに単純化する方向に進化した、変わり者の刺胞動物なのである。神経系の進化大きな道筋を考える上で、ヒドラの神経系で見られる単純さや特殊さを祖先的な形質として扱うことについては、それゆえ注意が必要なのである。

 さて、ヒドラで見られるような中枢を持たない散在神経系は刺胞動物の神経系の代表ではない、ということを説明したが、それでは刺胞動物に広く認められる神経系というのはどのようなものなのであろうか。まず大事な点としては、他の刺胞動物においても体全体に広がった神経網はあるということだ。つまりヒドラでも見られるこの神経網は刺胞動物でも広く見られ、その起源は刺胞動物の共通祖先にまでさかのぼることは間違いない。ヒドラと異なるのは、他の刺胞動物では「神経網+α」の構造があるということである。例えば花虫綱のイソギンチャクなどでは、数十個から数百個の神経細胞が集まった構造があるし、多くのクラゲでは、その傘の周りに沿って、まとまった神経線維からなる環状の神経構造がある。体全体に広がる神経網と、体の特定の領域で形成される神経細胞の集合という組み合わせは、左右相称動物における末梢神経系と中枢神経系という構成を想起させる。

刺胞動物の神経系

 網目状の神経系に加えて、刺胞動物には体の一部分において特定の神経細胞が集まっていることが見られるということを述べた。この傾向は様々な刺胞動物の種類において、ポリプやクラゲといった成体で広く見られると同時に、プラヌラ幼生の段階から観察されることがわかってきた。その詳細を見ていこう。

プラヌラ幼生の頂端感覚器官

 刺胞動物の卵は、受精ののち卵割期、胞胚期、原腸胚期を経て、プラヌラ幼生となる(図7)。プラヌラ幼生は内胚葉と、繊毛を持った外胚葉の上皮からなり、繊毛を動かすことで水中を泳ぐ(図8)。泳ぐ方向は決まっており、口がある方が後ろ側になる。プラヌラ幼生は適切な基質が見つかると、幼生の進行方向(反口側)で基質側に着生し、口の周りには触手を伸ばしポリプになる。クラゲ世代を有する種類では、ポリプからクラゲが作られることが多い。遊泳するプラヌラ幼生の時期には、反口側で感覚神経細胞が多く見られる場合がある。プラヌラ幼生は口の反対側の方向に向かって泳ぐので、環境の情報が最初に得られる進行方向側に感覚神経を配置するのは理にかなっている。ポリプにおいても、反口側で発達した基質接着部(「足」と呼ばれることが多いが、左右相称動物の足とは関係がない)に特定の神経細胞が集まっている場合がある。ただし、ポリプは通常泳ぐことはなく、この「足」の運動能も高くはないので、なぜ神経細胞が集まっているのかはわからない。

図7a.プラヌラ幼生

図7b.ポリプ

 刺胞動物のプラヌラ幼生の反口側感覚器官と同様、左右相称動物のプランクトン幼生にも、感覚神経細胞の集まりからなる感覚器官を前方の頂端に持つものが多い。この神経細胞の集まっている場所には「頂毛」と呼ばれる長い繊毛の束が発達している場合が多く、体の他の部位にある繊毛とは異なる構造として区別され、頂器官と呼ばれる。頂器官は、幼生の運動の制御だけでなく成体への変態における役割が報告されており、神経内分泌器官の特徴も合わせ持つ。例えばゴカイでは、頂器官にはRFamideやLWamideなどの神経ペプチドを有する神経内分泌細胞があり、これらの神経ペプチドは幼生の泳ぐ深さや、遊泳生活から底生生活への移行において重要な働きをしている。

図8. 刺胞動物とその幼生に見られる神経系 進化的に保存されたRFamideやLWamideを発現する神経細胞が、口の周辺でクラスターを形成する理由は何であろうか。これらの集積神経系の発生やパターニングを制御する遺伝子の解析から、刺胞動物と左右相称動物の集積神経系の共通性や相違点が見えてくる。 [Watanabe, H. (2017)より改変]

 RFamideやLWamideは、多くの動物で保存されている進化的起源の非常に古い神経ペプチドであり、刺胞動物にも存在している。すでに述べたように、刺胞動物のプラヌラ幼生では、これらの神経ペプチドを発現する神経細胞が反口側の表皮に多く分布する場合がある。これらの神経細胞は体外に繊毛を伸ばしているため、感覚神経細胞だと考えられており、外界刺激に応じた行動制御に関わっていると考えられている。この特徴はイシサンゴやヒドロ虫のプラヌラ幼生でわかりやすい場合が多く、走光性やポリプへの変態の制御に関わっていると考えられている。しかしながら、刺胞動物のプラヌラ幼生では、反口側の散在した神経系と頂毛との関連が明確でない場合が多く(そもそもイシサンゴやヒドロ虫のプラヌラ幼生では頂毛が発達していない)、刺胞動物が左右相称動物の頂器官と似たようなものを持つかどうかについては、まだ確かなことは言えない。

 頂器官は、左右相称性の海産無脊椎動物のプランクトン幼生で広く観察されるため、原始的な脳の性質を示している可能性が長らく議論されてきた。しかしながら、最近の研究により、幼生の頂器官と成体の神経系とは進化的な起源が同じではない可能性も考えられるようになってきた。どの程度一般化できるのかまだ確かなことは言えないが、幼生期の頂器官は、成体への変態以前あるいは変態の過程において消失する場合が少なくない。成体で前方領域に見られる脳神経節を、幼生期から発達させる種類もゴカイなどで一部いるが、このような動物でも、頂器官は幼生期においてのみ見られる感覚器官であると考えられている。頂器官が左右相称動物の中枢神経系と関連していない場合、プラヌラ幼生の反口側神経系と頂器官との比較は、中枢神経系の起源に関する我々の理解を助けない。さらに注意すべきは、ある海産無脊椎動物の幼生形態が、その動物系統の進化過程で後から独立に獲得された発生段階である場合、それらの神経系の構造が祖先的な状態を必ずしも反映していないとも考えられるのである。実際、海産無脊椎動物の幼生形態は進化の様々な段階で独立に獲得されてきた発生段階であると考えられる。ゴカイのトロコフォア幼生や甲殻類のノープリウス幼生などは、それぞれの属するらせん卵割動物上門(ゴカイ)や甲殻動物亜門の系統の祖先であとから獲得されたものであり、全ての左右相称動物の共通の祖先で既に存在していたものではない。つまり、全ての動物の集積神経系に普遍的に存在する基本的パターンや、その進化的起源を理解するという目的においては、これらの幼生の頂器官や神経系の構造をどの程度参考にできるのか、改めて議論する必要が出てきている。刺胞動物のプラヌラ幼生の頂器官についても状況は似たようなところがあり、頂器官がはっきりしているプラヌラ幼生は、どちらかといえば刺胞動物の中でも多様化が進んだ種類で見られる。しかし、より祖先的な系統である花虫綱においては一般的ではないため、頂器官が祖先的な特徴と考えていいかはまだわからない。前端部において神経細胞の顕著な局所化が見られる代表的な種類は、ヒドロ虫の仲間のウミヒドラである。しかし同様の局在化の傾向がヒドロ虫綱の系統内においても普遍的に見られるわけでもない。また、プラヌラ幼生には、口を持つプランクトン栄養発生型と口を持たない卵黄栄養発生型のふたつの幼生型があるが、前端部(反口側)における神経細胞の局在化がわかりやすいものの多くは卵黄栄養発生型である。幾つかの理由から、プランクトン栄養発生型が祖先的であると考えられており(プラヌロイド仮説が想定するのもプランクトン栄養発生型である)、それゆえ一部の卵黄栄養発生型で見られる頂端感覚神経のような特徴は、より派生的である可能性も考えられる。

口の周りに発達した神経系

 反口側における感覚神経細胞の集まりがある種のプラヌラ幼生において見られることについて述べてきたが、次に口側で見られる神経系を紹介しよう。この神経構造は、やはり神経ペプチドに対する抗体染色から見出された。原始的な刺胞動物のグループである花虫綱には、サンゴやイソギンチャクなどが属するが、イソギンチャクのポリプでは、口の部分で外皮が内側に入り込んだ部分があり、これは便宜的に食道と呼ばれている。この食道部分には、RFamideやLWamideなどの神経ペプチドを発現する神経細胞が集まっていることがわかっている。さらに最近、イソギンチャクのモデルであるネマトステラNematostella vectensisにおいて多くの神経ペプチドの発現が調べられた結果、そのプランクトン栄養発生型プラヌラ幼生においても、食道の周辺で神経細胞が集まっていることがわかった。実は以前から、クラゲの突き出た口(口柄)の部分には、神経細胞が多いことは知られていた。ネマトステラなどを用いた解析により、プラヌラ幼生やポリプにおいても口の周囲に神経細胞の集まりがあることがわかったことから、これが刺胞動物における集積神経系として普遍的に存在することがわかり、「口側神経系(あるいは食道神経系)」として認識されるようになったのが最近である図9。この口側神経系は、餌を食べるポリプやクラゲで見られることに加えて、プラヌラ幼生でもプランクトン栄養発生型で見られることから、餌の摂取あるいは消化などの制御に関与している可能性が高い。口側神経系の特徴として興味深い点は、その神経細胞の分布が口側に偏っているというだけでなく、体の2次軸に沿っても偏った分布を示すことである。例えば、神経ペプチドLWamideファミリーのひとつであるGLWamideを発現する神経細胞は、プラヌラ幼生期において口側の食道付近で神経細胞塊を発達させるが、それは食道の一方の側面に偏っている図8、図9。これは刺胞動物の神経系で2次軸に沿って見られた初めての非対称性であり興味深い。イソギンチャクなどの原始的な刺胞動物ポリプでは、食道上皮において片側だけに繊毛溝帯が発達することが知られている。この繊毛溝帯は液性及び固体の栄養源を消化腔に送るために機能していると考えられている。もしかしたら偏ったGLWamide発現神経細胞の分布は、繊毛溝帯の制御に関連した機能を有しているのかもしれない。

図9.神経ペプチドを発現する神経系の局在化。 (白い部分が発現箇所) [Watanabe, Hら(2014)より改変]

神経環

 クラゲでは、複数の神経繊維が束ねられた環状の神経構造が傘の辺縁部(触手の根元)に沿って見られ、これを神経環という。神経環は傘全体の協調した収縮運動に関与すると考えられている。また傘の辺縁部に点在する光受容器官(眼点)とも連絡しており、外部環境の光条件に応じた運動の制御にも関与している。神経環はクラゲにおいて非常に発達しているが、ヒドラのポリプでも神経環を持っている種類がいる。ヒドラの一種Hydra oligactisでは、口と触手の間に神経環がある。ただし、刺胞動物のポリプで神経環を持つものはこのヒドラなどごく一部の種類に限られており、刺胞動物の神経系の祖先的特徴というよりは、クラゲ世代の確立と関連して生じた派生的な特徴のひとつと捉える研究者が多かった。しかし最近になり、初期に分岐したイソギンチャクなどでも、口の周囲に環状の神経構造が見つかり始めたことで、再び注目が集まり始めている。神経環の発達が、刺胞動物のプラヌラ幼生やポリプにおいてどの程度普遍的に見られるものなのか、さらにこれが口側神経系を構成するコンポーネントであるのかなどについては、より多くの種において確認作業を進める必要がある。

中枢神経系の起源はどこに?

 刺胞動物に見られる神経系の集積化を踏まえた上で、左右相称動物の中枢神経系の構造と比較してみよう。

 左右相称動物の集積神経系(中枢神経系)である脳と体幹神経系の構造が多様であることは既に述べたが、その中で共通した構造がある場合は、それらの共通の祖先動物において既にその特徴が存在していた可能性を考えることができる。このような見方であらためて図2を見ていただきたい。幼生の体のつくりや、それにあった神経系の構造を無条件に「祖先的」としてしまうことの危険性については、ゴカイのトロコフォア幼生や甲殻類のノープリウス幼生を例に既に述べた。ただ、どの幼生が祖先的かについてははっきりしていない部分もあるため、ここでは神経構造のわかっているものについては複数加えてある。幼生の神経系を調べることのひとつの意義として、幼生は体が小さく、複雑化した体制を持たないものが多いため、その構造が祖先的か派生的かが明らかでなくても、集積神経系の機能としては必要最小限のシステムに関するヒントを与える可能性がある。祖先的な集積神経系の特徴を考える上で、最も単純な機能がどうありうるかを絞り込むことは重要であり、概念的な「最小脳」の性質についてより包括的な議論をするために、ここでは刺胞動物の神経系との比較に加えてある。

 図2を細かく見て気づくことは、消化器官の前端部分の口や食道の近傍に、神経のまとまりがあることが多いことである。食道の背側あるいは腹側に神経細胞の集合体があるか、食道の周りに神経環を持っているか、あるいはその両方か、細かな点においてはバリエーションが見られるものの、口や食道の位置と関連して集積神経系を発達させる傾向は幼生でも成体でも広く見られる。また、左右相称性の明らかな動物において、目などの光受容器官や味や匂いなどを感知する化学受容器官を発達させたものでは、いわゆる脳神経節として肥大した神経構造が明瞭になる傾向もある。そして最後に、体の一次軸(左右相称動物では前-後軸、刺胞動物では口−反口軸)に沿って伸びる神経線維が見て取れる。以上のことから、①食道と関連した神経構造、②光/化学受容器官と関連した神経構造、そして③体の長軸に沿って走る神経線維の3つが、左右相称動物において、幼生か成体かにかかわらず、広く存在している集積神経系の構造であることがわかる。また、これらの特徴のうち、刺胞動物でも見られる構造は①と③である。すなわち、これらの特徴は左右相称動物と刺胞動物の共通祖先において既に存在していた可能性がある。一方で、体の前方において光/化学刺激の受容と関連した神経構造は、刺胞動物では明確ではない。刺胞動物のプラヌラ幼生では、それらの刺激を受け取りっていると考えられる感覚細胞が前方である反口側にあるが(反口側神経系)、それらの感覚神経細胞は外皮に散在しており、それらの神経突起が連絡している集積神経構造も定かではない。

 左右相称動物と刺胞動物で共通して見られる、①食道と関連した神経構造と、③体の長軸に沿って走る神経線維は、最初の集積神経系が生じた理由について考えるための多くの示唆を与えてくれる。口側の神経細胞の集合は、餌の摂取と関連して発達したと考えてよいだろう。これは卵黄栄養発生型のプラヌラ幼生では口側神経系が目立たないことからも示唆される。また、1次体軸に沿って伸びる神経線維が保存されている理由についてはまだ明らかではないが、筋肉収縮の制御に関連している可能性が考えられる。

 まだ確かめなくてはいけないことは多いものの、左右相称動物における単純な神経系と刺胞動物の神経系の構造を比較することで、集積神経系としての最も基本的な機能に関して重要な示唆が得られる。しかしながらここで注意しなくてはいけない点は、今生きている刺胞動物と左右相称動物の集積神経系が、長い進化の過程でたまたま似たような構造を獲得しただけとういう可能性が否定できないことである。この点を確かめるための現在最も現実的な方法は、刺胞動物や左右相称動物の集積神経系において共通する特徴を遺伝子レベルで比較することである。遺伝子のメカニズムにおいて共通の仕組みが働いていることがわかれば、刺胞動物と左右相称動物の共通祖先でも働いていた可能性が非常に高いということになり、そしてそれらの神経系の特徴は共通祖先でも存在していたと考えることができる。

遺伝子から明らかにされた新事実

 神経系の進化がたどった初期の道のりを、今生きている原始的な動物の遺伝子から見ていくことは、非常に多くののメリットがある。まず生きている動物であればゲノムの配列を明らかにすることができ、ゲノムにある遺伝子の構成を知ることができる。また動物の卵や幼生が実験に使える場合は、卵が発生して集積神経系が作られていく過程や、集積神経系が機能している状態でどのような遺伝子が働いているのかを調べることも可能である。集積神経系の多様な構造に比べて、遺伝子の構造(アミノ酸配列)は変化が少なく、進化の系統樹で離れた動物の間でも、よく似た遺伝子を見つけることが可能な場合が多い。つまり、ネズミやムカデなどの離れた系統の間で、集積神経系の発生や機能に似たような遺伝子が働いているかどうかを調べることができる。もしネズミやムカデなど多くの動物の集積神経系が発生する時に同じ遺伝子が機能していることがわかれば、それらの動物の共通の祖先において、その遺伝子の関わる集積神経系の発生システムがすでに存在していたと考えられる。

 体の仕組みを作る遺伝子のプログラムは複雑で、特に組織や器官などの精密な構造の発生過程では多くの遺伝子が協調的に働くことが重要である。このような複雑なプログラムは一度成立するとその後は変化しにくい。そのため、特定の組織などで働く遺伝子には、動物の種類を超えて保存されているものが多く、マーカー遺伝子とも呼ばれる。そしてこれらの遺伝子のセットは、その組織の分子シグネチャーとして、離れた動物系統の組織間で(たとえ解剖学的な体の構造が大きく違っていても)進化的につながりがあるかどうかを調べるために使われる。この方法を原始的な動物の神経系にも広げれば、その非常に単純な神経系が、高等な集積神経系の発生システムと同じ原理で作られているかどうかがわかる。これは、集積神経系の起源を考える上で非常に重要な知見である。

 脳を含む中枢神経系がどのように進化してきたかについて、遺伝子との関連から検証するには、解析することとして主にふたつある。ひとつは、脳などの集積神経系を体のどこに作るかを決める遺伝子のメカニズムであり、もうひとつは、その集積神経系や含まれる神経細胞の性質を決めるメカニズムである。

体と神経系を作る遺伝子

Wnt、Bmp、Nodalが決める体のパターン

 近年、体の軸を形成する遺伝子であるWntBmpNodalの働きが、刺胞動物と他の動物で保存されていることがわかってきた。細かな話になるが、その概要をここで説明したい。

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 左右相称動物では、3つの直交する体軸(前後軸、背腹軸、左右軸)があり、発生段階でそれぞれの軸に沿ってパターニングが行なわれることにより、体の適切な位置に適切な組織や器官が形成される。それぞれの体軸に沿ったパターニングにおいて、必須の役割を果たしているのがWnt(前後軸)Bmp(背腹軸)Nodal(左右軸)などの遺伝子産物である。これらのタンパク質は、遺伝子を発現している細胞から分泌され、発生胚の中で勾配を形成する。分泌している細胞に近いほど濃度(活性)が高く、遠くなるにつれて薄く(弱く)なる。WntBmpNodalなどの分泌タンパク質は、細胞に増殖や分化を制御するシグナルタンパク質なので、発生胚の中ではそれぞれのタンパク質のシグナル強度の分布(パターン)に応じて細胞の増殖や分化が制御され、体の場所に応じた組織や器官の形成が誘導される。

 刺胞動物と左右相称動物ぐらい離れていても、この体軸に沿ったパターニングの仕組みには共通性が見られる。たとえばWntBmpNodalに似た遺伝子は刺胞動物にも存在していることがわかっている。左右相称動物に比べて、刺胞動物の体のつくりは非常に単純であるが、口−反口軸とそれに直交する2次体軸があることがわかっている。教科書ではしばしば口−反口軸だけを持つ放射相称の動物として刺胞動物が紹介されることがあるが、これもヒドラなどの一部の刺胞動物の知見を代表としてしまったことに起因する間違いである。より祖先的なイソギンチャクでは、上述したふたつの体軸がWntBmpのシグナルによってパターニングされている。

 左右相称動物では、前後軸および背腹軸に沿って中枢神経系がパターニングされているが、脳が体の前方で作られるのも、体幹神経系が背腹軸に沿ってパターニングされるのも、これらのシグナルによる制御の影響である場合が多い。前に述べたヘニョールらの研究から、体幹神経系の場所が決められるメカニズムについては、どの程度進化的に保存されているのか改めて議論する必要が出てきている。この点を検証するためには、刺胞動物における神経系のパターニングのメカニズムを理解することが重要である。ただし、2018年現在では、左右相称動物の中枢神経系と刺胞動物の集積神経系に関して、遺伝子マーカーの発現パターンを比較することから得られる情報は限定的である。例えば、Wntは左右相称動物では後方で発現することで、脳の発生を体の前方に制限する役割を果たしている。刺胞動物ではWntは口側で発現しており、口側の構造の発達に関与している。口側(刺胞動物)あるいは後方(左右相称動物)で発現するWntは、Six3/6という転写因子の発現を反口側(刺胞動物)あるいは前方(左右相称動物)に制限する。Six3/6は左右相称動物の前脳領域の発達に重要な役割を担っていることから、このSix3/6の発現パターンが、刺胞動物の反口側神経系が前脳に対応するという仮説を支持するものとして解釈された。面白いことに、刺胞動物の反口側の頂毛の発達にはSix3/6が必要であった。しかしながら、Six3/6の機能阻害は調べられた神経マーカーの反口側神経系での発現には影響しておらず、刺胞動物においてSix3/6が神経系のパターニングに関与しているという証拠はまだない。脊椎動物の中枢神経系と刺胞動物の口側神経系の発生の仕組みにおいて、Wntシグナルの役割に類似性も指摘されているが、検証すべき点も多く残されており、まだ確かなことは言えない。

 Bmpそして論争は続く

 Bmpのシグナルは、左右相称動物では背腹軸に沿った中枢神経系の配置やそのパターニングなど、集積神経系の発生における様々な機能が知られている。Wntによる前後軸のパターニングに比べると、Bmpの集積神経系の発生における機能は系統間における差が大きく、マイナー動物を含めた包括的な研究が少ない現状では、祖先的な機能を考えることはまだ難しい。左右相称動物では、後口動物のマウスなどの脊椎動物は背側に、前口動物のショウジョウバエは腹側に1本の体幹神経系を持っているが、この体幹神経系の配置や背腹軸に沿ったパターニングにおいて、Bmpが重要な役割を担っていることが知られている。このことから、後口動物と前口動物の共通の祖先動物において、背側か腹側かの違いはあるにしても、体幹神経系は既に確立されていたと考えられていた。さらに、ショウジョウバエとは異なる前口動物の別なグループに属するゴカイにおいて、腹側の1本の体幹神経系に似たようなパターンが存在することが明らかとなり、この「背腹軸に沿ってパターニングされた1本の体幹神経系」が、すべての左右相称動物の共通祖先において確立していたと考えられるようになった。しかし一方で、ヘニョールらによる非モデル動物系統の神経構造の観察結果は、1本の体幹神経系という特徴が、左右相称動物で広く見られる構造ではないことも明らかにしつつある。より単純な体の構造を持っている他の多くの左右相称動物では、むしろ複数の体幹神経系を持っているのが多かった。マウスやショウジョウバエ、ゴカイの体幹神経系で背腹軸に沿った共通のパターンを示す遺伝子群Nkx2Nkx6Pax3/7Pax6Msxや、特徴的な配置を示すセロトニン作動性、及びコリン作動性の神経細胞について、複数の非モデル動物系統で比較解析が行なわれた。その結果、多くの左右相称動物では、上述したパターニング遺伝子の発現やマーカー神経細胞の位置は、体幹神経系の配置と関連していないことがわかった。むしろマウスやショウジョウバエ、一部のゴカイで見られていた構造や遺伝子発現のパターンが、左右相称動物の中では稀である可能性が示された。この論文を発表したヘニョールらの研究グループは、背腹軸に沿ってパターニングされた1本の体幹神経系という今まで祖先的と考えてきた特徴は、実は上述した動物の系統で独立に獲得されたと考えている(図6)。今後さらに多くの動物系統で遺伝子の機能解析法が確立されてくれば、体幹神経系の進化のプロセスについて、その詳細が明らかとなってくるに違いない。

 刺胞動物においては、Bmpが口側神経系の発生に重要であることが最近明らかとなった。ネマトステラのプラヌラ幼生期に、口側神経系が発達し始めること、そして口側神経系は2次軸に対して非対称性を示すことはすでに述べたが、Bmpはこの非対称な発生に重要な関与をしていることがわかってきたのである。Bmpが左右相称動物でも刺胞動物でも2次軸に沿った非対称な神経集合体の発生において似たような機能を持っていることを示したこの知見は、左右相称動物の中枢神経系と刺胞動物の口側神経系の発生が、進化的に古い共通のメカニズムによって制御されていることを示すと同時に、これらの神経集合体が進化的に同じ起源を持っている可能性を示唆している。刺胞動物の口側神経系と左右相称動物の中枢神経系との間で、遺伝子レベルでの特徴がどの程度共有されるのかについて、さらに研究を進める必要がある。

神経細胞を生み出す遺伝子

 左右相称動物においては、胚発生期に神経細胞を作り出す(細胞が分化する)のに必要な遺伝子が多く見つかっている。左右相称動物において進化的に保存されている遺伝子として、神経化遺伝子がある。神経化遺伝子は、他の遺伝子の発現を制御する転写因子で、未分化な胚細胞が神経細胞へと分化するために重要な機能を持っている。これらの神経化転写因子としては、SoxB2AshArpなどのグループに属するものが特に重要である。最近、刺胞動物の神経発生でも似たような遺伝子が働いていることがわかってきた。左右相称動物では中枢神経系と末梢神経系の両方で、また刺胞動物では口側神経系や反口側神経系、そして体全体に広がる神経網において、上述した神経化転写因子が関わっている。そのため、左右相称動物の中枢神経系や刺胞動物の集積神経系において、特異的な遺伝子の発現がどのように局在化されているか、またそれらがどのような細胞種の分化を制御しているかを知ることにより、様々な種類の神経細胞によって構成される集積神経系がどのようにに進化してきたかが理解できるだろう。

神経伝達物質と神経ペプチドの起源

 刺胞動物の神経構造を解析する際には、神経ペプチドを発現している神経細胞を調べることが多い。これは刺胞動物の神経系は神経ペプチドが豊富であるということがあるが、すべての神経細胞を可視化できるマーカーがないという事情もある。神経系の構造を見るときに、特定の神経細胞のタイプの配置や構造のみで議論することは危険なので、チロシン化チューブリンなど、より多くの神経突起を染色できるマーカーも合わせて解析されることが多い。限られた神経マーカーで神経構造の全体像を見ることは難しいが、しかしどのようなタイプの神経細胞が祖先的かを調べることは、脳の起源に関して神経生理学的な側面から考えるためには有意義である。左右相称動物の神経系で神経伝達物質として用いられているアセチルコリンやモノアミン類(アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン)については、刺胞動物の神経細胞では機能しているかどうかがよくわかっていない。刺胞動物はこれらの伝達物質に反応するし、これらの低分子化合物を合成するのに必要な遺伝子もゲノムにある。しかしながら、例えばアセチルコリンの代謝酵素はヒドラでは神経細胞ではない上皮細胞で発現しており、これらの化合物は刺胞動物では「神経」伝達物質ではないかもしれない。GABAやモノアミンのセロトニンについては、これらの化合物に対する抗体染色によって神経細胞が染色されることが報告されているので、刺胞動物でも神経伝達物質として機能している可能性がある。これらの合成酵素が実際に神経細胞で発現しているかどうかを遺伝子レベルで確認することが重要であろう。ともあれ、刺胞動物の神経系の構造としての議論は、神経ペプチドを発現している神経細胞の構造のことを扱っているものが多いということを知っておくことは重要である。

 高度な中枢神経系の進化過程を理解するためには、各神経伝達物質を産生する神経細胞の分布など、中枢神経系の機能要素に関する知見が重要になる場合がある。これは中枢神経系の起源を考える際にも参考になる可能性もある。例えば神経ペプチドのRFamideは、脊椎動物では視床下部の神経細胞で多く発現しており、昆虫やゴカイなどでもホルモン分泌を担う脳領域で発現している。またそのRFamide発現神経細胞は繊毛を持つ感覚神経であり、祖先動物においては環境刺激に応じた体の恒常性機能の維持に働いていたと考えられている。このような神経細胞の機能的な保存性から、細胞分化の進化過程を見つめ直そうとする「細胞相同性」という考え方が出てきている。これまで紹介してきたRFamideやLWamideといった神経ペプチドは、刺胞動物と左右相称動物の分岐以前に獲得されたことがわかっているため、これらの神経ペプチドを発現している神経細胞の分化メカニズムや生理機能を解析することで、中枢神経系の起源に関してその機能の面から新たな発見があるかもしれない。また神経ペプチドにはまだ見つかっていないものが多いと予想されるため、新たなペプチドの探索も必要である。そして、古典的な神経伝達物質に関しても、刺胞動物の神経系でどの程度働いているのかについてはっきりさせていかなければいけない。

脳の起源に迫る

 1961年、古生物学者のゲイロード・シンプソンは、適切な化石記録が存在しない状況では、祖先生物を推論するためには可能な限りの特徴を解析対象にしなければいけないと主張した。これは多くの人が当然のこととして感じることであり、特に主張するほどのことでもないと思うかもしれない。しかし「可能な限りの特徴」を実際に解析対象とすることは、生物学者にとっても易しいことではない。現生の動物の発生過程を実験的に解析し比較することにより、動物の進化過程を理解しようとするのが進化発生生物学であるが、様々な動物で比較実験を行うのは技術的に難しいことが多い。もしマイナーな動物種を研究しようと思えば、飼育法や実験手法から確立しないといけないことが多く、これだけでも非常に時間がかかる。そのため、私も含め多くの進化発生生物学者は、すでに研究が進んでいるモデル化された動物を研究対象としがちだし、その限られたモデルから得られた知見に頼りがちである。実験系が発達した動物でないとできない精度の研究もあるので、モデル動物を用いた研究が有効なことに変わりはないのだが、しかし圧倒的な生物の多様性を前に、わずかな動物から得られた知見に頼りすぎる危険性も忘れてはいけないと思っている。絶滅種まで相手にしながら、残ることのまれである化石記録を頼りに進化過程の再構築を試みたシンプソンには、その危険性がよく見えていたに違いない。現生の動物を解析対象とし、多様な神経系の構造や性質、その発生メカニズムに関して進化の文脈の上で理解するために、私たちはDNAという非常に強力な武器を手に入れた。動物の系統樹も見えてきた。それによって見えてきた新たな情報の多さとそのインパクトに、私たちはまだ圧倒されている状況にあり、脳の起源についてもようやく「考えるヒント」が得られるようになってきたにすぎない。しかもそのヒントも、刺胞動物の場合はネマトステラという一種のイソギンチャクから得られた知見に頼っている状況である。刺胞動物の最近の系統樹は、ネマトステラよりもさらに祖先的な刺胞動物系統として、八放サンゴやスナギンチャク、ハナギンチャクなどが位置する可能性を示唆している。これらの刺胞動物の幼生形態や神経系がどのようになっているかについては、ほとんど何も明らかとなっていないのだが、2011年、琉球大学のジェームズ・ライマーの研究グループは、スナギンチャクのプラヌラ幼生が口−反口軸に沿って特徴的な繊毛帯を発達させることを発見した。最も祖先的かもしれない刺胞動物の一種が、左右相称動物の幼生で一般的に見られるような明確な繊毛帯をを持っているということは、極めて意味深長である。このように、刺胞動物の祖先形態や神経系の特徴についても、まだ私たちが知らなければいけないことは多い。脳の起源の理解に向けた道のりはまだ長いが、刺胞動物における地道な研究は、解析対象を広げていく努力を続ける限り、これからも大きな貢献を続けていくはずであると思っている。

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ミエリン鞘はとも呼ばれ、軸索に巻き付いて絶縁体として働く構造である。これにより神経パルスはミエリン鞘の間隙を跳躍的に伝わる(跳躍伝導)ことで神経伝達が高速になる。ミエリン鞘は末梢神経系の神経ではシュワン細胞、中枢神経系ではオリゴデンドロサイトから構成される。

脳の中にある空洞のこと。脳脊髄液で満たされている。脊髄にあるものは中心管と呼ばれる。

神経堤細胞は脊椎動物の発生時に見られる神経管に隣接した組織。頭部では神経、骨、軟骨、甲状腺、眼、結合組織などの一部に分化する。

細胞の生体膜(細胞膜や内膜など)にある膜貫通タンパク質の一種で、特定のイオンを選択的に通過させる孔をつくるものを総称してチャネルと呼ぶ。筒状の構造をしていて、イオンチャネルタンパク質が刺激を受けると筒の孔が開き、ナトリウムやカルシウムなどのイオンを通過させることで、細胞膜で厳密に区切られた細胞の内外のイオンの行き来を制御している。刺激の受け方は種類によって多様で、cGMPが結合すると筒の穴が開くものをcGMP依存性イオンチャネルと呼ぶ。TRPチャネルも複数のファミリーからなるイオンチャネルの一群であり、非選択性の陽イオンチャネルである。発見された際に用いられた活性化因子の頭文字や構造的特徴から、A (Ankyrin), C (canonical), M (melastatin), ML (mucolipin), N (no mechanoreceptor), P (polycystin), V(vanilloid)の7つのサブファミリーに分類されている。TRPは、細胞内や細胞外の様々な刺激によって活性化してセンサーとして働いたり、シグナルを変換したり増幅したりするトランスデューサーとしての機能も併せ持つ。温度センサーやトウガラシに含まれるカプサイシンのセンサーとしても機能していることが知られている。

任意の遺伝子の転写産物(mRNA)の相同な2本鎖RNAを人工的に合成し生物体内に導入することで、2本鎖RNAが相同部分を切断して遺伝子の発現を抑制する手法。2006年には、この手法の功績者がノーベル生理・医学賞を受賞している。

様々な動物種間で塩基配列やアミノ酸配列を比較することによって、類似性や相違を明らかにする手法。この解析によって動物種間の近縁関係や進化の過程を予測することが可能になる。

発生過程で神経管を裏打ちする中胚葉組織であり、頭索類・尾索類では背骨のような支持組織としての役割を持つ。脊椎動物では運動ニューロンの分化を誘導するなど発生学的役割を持つ

魚類に顕著にみられる鰓のスリットで、哺乳類では発生の初期にはみられる。発生が進むと複雑な形態形成変化が起き、消失するが、外耳孔などは鰓裂の名残ということができる。

動物の初期発生において最初の形態形成運動として原腸陥入が起こる。原腸は消化管に分化する。この原腸陥入によって生じる「孔」を原口と呼ぶが、これが将来の動物の体の口になるのが前口動物であり、肛門になるのが後口動物である。半索動物、脊索動物は後口動物である。

ナマコの幼生のことをオーリクラリア幼生と呼ぶが、ウニのプルテウス幼生、ヒトデのビピンナリア幼生、ギボシムシのトルナリア幼生など、形態的共通性をもつ幼生全体をまとめてオーリクラリア(型)幼生と呼ぶ。今日ではディプルールラ型幼生という呼び方が広く使われている。この説はガルスタングが1928年に提唱した。その時代にはオーリクラリアという用語が使われたため(ディプリュールラ説ではなく)オーリクラリア説と呼ばれている。

Hox遺伝子はショウジョウバエで発見されたホメオティック遺伝子の相同遺伝子である。無脊椎動物のゲノムには基本的に1つのHoxクラスターがあり、脊椎動物のゲノムには4つのHoxクラスターがある。Hoxb1は4つあるクラスターのうちのBクラスターに属する1番目のHox遺伝子という意味である。

脊椎動物胚の後脳領域には頭尾軸にそった分節性(等間隔の仕切り)がみられる。この各分節をロンボメアと呼び、図14に示すように7番目までは形態的に明瞭に観察できる。

脊椎動物のゲノムにはふたつか3つのIsletが存在する。Isletは脳幹(延髄、橋、中脳)の運動性脳神経核に発現して、運動ニューロンの分化に関与している。

感桿型では光刺激はホスホリパーゼCとイノシトールリン酸経路を活性化させる。繊毛型ではホスホジエステラーゼによる環状GMPの代謝が関与している。

気嚢による換気システムは獣脚類と呼ばれる恐竜から鳥類に至る系統で段階的に進化していったと考えられる。

このような特異な形態は胚発生期には見られず、生後に発達する。その過程は頭骨に見られる「テレスコーピング現象」と並行して進む。

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卵や精子、その元となる始原生殖細胞などを指し、子孫に遺伝情報が引き継がれる細胞そのものである。

卵や精子を作る減数分裂において、母由来の染色体と父由来の染色体が対合したときに、同じ領域がランダムに入れ替わる(組み換えられる)。つまり、我々の”配偶子の”染色体は、父親と母親由来の染色体がモザイク状に入り交じったものなのである(体細胞の染色体は免疫グロブリンなどの一部の領域を除いて基本的には均一なものと考えられている)。

 タンパク質にコードされる遺伝情報をもつ塩基配列。狭義にはゲノムDNAのうち、mRNAに転写され、タンパク質になる部分。近年は、タンパク質に翻訳されないものの、機能をもつtRNA、rRNAやノンコーディングRNAなども遺伝子の中に含められるようになっている。本書では、特に注意書きのない限り、タンパク質の元となるmRNAになる部分を遺伝子、と呼ぶ。

 では、その転写因子はなにが発現させるのか、というと、やはり別の転写因子である。卵の段階から、母親からmRNAとして最初期に発現する遺伝子は受け取っているので(母性RNA)、発生の最初期に使う転写因子を含む遺伝子群に関しては、転写の必要がないのである。その後、発生、分化が進んでいくと、それぞれの細胞集団に必要な転写因子が発現し、実際に機能をもつ遺伝子の転写を促す。

遺伝子は、核酸配列の連続した3塩基(コドンと呼ばれる)が1アミノ酸に対応し、順々にペプチド結合で繋げられてタンパク質となる。3つの塩基は43=64通りになるが、アミノ酸の数は20個、stopコドンを含めても21種類しかない。したがって、同じアミノ酸をコードするコドンは複数あり、たとえ変異が入ってもアミノ酸は変わらないことがある。これを同義置換と呼ぶ。一方で、変異によってコードするアミノ酸が変わってしまう置換を非同義置換と呼ぶ。

 ふたつの系統が祖先を共通にした最後の年代。本章では、近年の分岐年代推定を利用して作成された系統樹(当該文献[9]のFig.1を参照)からおよその年代を読み取り、記入している。

 アフリカツメガエルや、コイ科、サケ目など、進化上の随所でも全ゲノム重複が起こっている。

 最もよく知られている放射性同位元素による年代測定は、放射性炭素年代測定である。炭素12Cは紫外線や宇宙線によって、空気中では一部(1/1012)が常に14Cに変換されている。つまり、大気中ではいつの時代も1兆個の炭素原子のうちひとつが14C、残りが12Cという割合なのである(太陽活動の変化などにより若干のブレはある)。しかし一旦生物の体内に炭素が取り込まれ、そしてその生物が死に、地中に埋まってしまえば、もう宇宙線も紫外線も当たらないので、14Cへの変換は起こらない。ここで14Cは放射性同位元素であることに注目したい。14Cは約5730年で半分が崩壊し12Cに変換される。したがって、14Cの比率でいつその物質が地中に埋まったのかがわかるのである(文献7)。

 ただし、この放射性炭素年代測定では、14Cの検出限界の関係で、せいぜい6万年が限界である。それより昔は火山岩に含まれる物質の、やはり放射性崩壊の半減期を元に推定される。例えば、K-Ar法では、40Kが40Arに13億年の半減期で放射性崩壊することを利用する。溶岩からできたての火山岩か、あるいは何億年も経ったものかを調べることができる。40Kは岩石中に元々大量に存在するため、差異を検出することは不可能だが、40Ar(常温で気体)は大気中には微量しか含まれないため、岩石中に封入された気体の中の40Arの含有率を計測することにより、その岩石の古さがわかる。当然、40Arの率が高い物が古い岩石である。このように、複数の放射性元素の崩壊の半減期から地質年代というのは推定される。

 南米にもごく少数ながら有袋類が現存しており、これらのゲノム解析・比較から、オーストラリア・南米で現生の有袋類の共通祖先は、実は南米で生まれ、当時陸続きだった南極大陸を経て、オーストラリアにいたったと考えられている。

 世界で最も臭いといわれているシュールストレミングをネットで取り寄せて購入したとき、人々は逃げるどころか、わざわざ悶絶するために集まってきた。いい匂いの物を取り寄せても20人もの人数は集まるとは思えず、怖い物見たさという悪趣味な好奇心はたいしたものである。無論、取り寄せた私も例外ではない。ちなみに、シュールストレミングはひとかけらをクラッカーの上に載せるくらいの食べ方なら悪くない気もする。

このふたつの硬骨の作られ方について、第3章に詳述があるので参照。

 ガノイン鱗には我々の歯のエナメル質を作る遺伝子と相同な遺伝子が発現しており(文献18)、イメージとしては歯で身体を覆われているようなもので、当然極めて強固である。

 遺伝子にはその由来によっていくつかの異なる呼び名がある。オーソログとは、共通祖先がもつある遺伝子Aが、種分化によって2種以上の生物に受け継がれた時、受け継がれた遺伝子たちをオーソログと呼ぶ。パラログとは、遺伝子重複によって生じたふたつ以上の遺伝子を指す。最近では大野乾氏の功績をたたえ、ゲノム重複によって生じたパラログで現存するものを特にオオノログOhnologと呼ぶ。

 異化と同化……この2種類の化学反応によって生命活動は維持されている。異化は物質を分解してエネルギーを取り出す代謝経路、同化はエネルギーを使って必要な物質を体の中で作り出す代謝経路。

 アデノシン三リン酸の略。生体内のエネルギー通貨として、様々な化学反応に用いられている。

 組織中の核酸分子(ここでは特定の遺伝子から転写されたmRNAを指す)の分布を検出する手法。調べたい遺伝子の塩基配列を元に、そのmRNAに特異的に結合する分子を設計・合成することで特異度の高い検出が可能となっている。

 通常の生物の核ゲノムはそれぞれの両親に由来する染色体が2本1セット存在し(ディプロイド)、その染色体間で組み替えが起こるため遺伝的な由来を辿る作業がしばしば煩雑になる。しかしミトコンドリアは母親由来であるため(ハプロイド)、そのゲノムを利用することで比較的簡便に遺伝的な類縁関係を遡ることが可能となる。

 増幅断片長多型:制限酵素で切断したゲノムDNA断片をPCRにより増幅し、断片の長さの違いを網羅的に検出比較する方法。この断片長の違いを種間の類縁関係の推定に使用することが多い。

 sexual conflict。ある形質が片方の性にとっては有利だが、もう片方の性にとっては不利な場合にオスメス間で生じる対立。

 次世代シーケンサーを利用して、各組織に発現する遺伝子の種類や量を網羅的かつ定量的に推定する解析方法。

 真核生物のゲノムに散在する反復配列のうち、一度DNAからRNAに転写され、その後に逆転写酵素の働きでcDNAとなってからゲノム中の別の座位に組み込まれるものを指す。数多くのレトロポゾンが存在しており、例えばヒトゲノムは約40%がレトロポゾンによって占められている。

 太陽光には連続したことなる波長成分の光が含まれているが、その波長によってエネルギーが異なるため、水中に到達する波長成分の割合が深さによって異なることがわかっている。特に濁ったビクトリア湖のような水環境では浅場の方が短波長である青色光の成分が多く、深場では長波長の黄色〜赤色の成分が多いことがわかっている。

 タンパク質をコードするDNA配列上の塩基置換にはアミノ酸の置換を伴う非同義置換と、伴わない同義置換がある。一般に、同義置換は生体に影響を及ぼさないため中立であるが、非同義置換は生体にとって不利であることが多い。ただしタンパク質の機能変化が個体にとって有利な場合は非同義置換の割合が上昇することが知られており、それを正の自然選択と呼ぶ。同義置換と非同義置換の割合を統計学的に比較する方法がある。詳細については第7章およびコラム「適応進化に関わる候補遺伝子や候補領域を絞り込むアプローチ」を参照。

   発生初期の胚の一部の細胞群から作られ、生殖細胞を含む様々な組織に分化可能な性質(多能性)を有する細胞株。英語名(embryonic stem cells)の頭文字をとって、ES細胞と呼ばれることも多い。

 変異体を元になった親系統と交配すること。TILLING変異体に関しては変異以外の部分を親系統由来のゲノムに置換するために行う。1回の交配で全体の50%の領域が置換されるため、90%以上を置換するためには最低4回の、99%以上を置換するためには最低7回の戻し交配が必要である。

 タンパク質の二次構造のうち代表的なモチーフのひとつ。水素結合により形成されたらせん状の形である。

 Francis Crickが1958年に提唱した、遺伝情報がDNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質、という流れで伝わるという概念のこと。分子生物学の基本となる極めて重要な概念である。

 ヒメダカの原因遺伝子としてだけでなく、ヒトの先天性白皮症(つまりアルビノ)やホワイトタイガーの原因遺伝子としても知られる。水素イオンを運ぶトランスポーターをコードすることがわかっているが、その黒色素産生(メラニン合成)における機能は未解明な点が多い。

 相同組換えの鋳型となる外来DNA断片のこと。通常、導入したい配列(GFP遺伝子や特定の塩基置換など)の上流・下流それぞれに、導入したいゲノム領域と相同な配列(相同アームと呼ばれる)を持ったDNA断片である。

 RNAポリメラーゼが結合し、RNAを転写するのに必要最小限の遺伝子上流配列。通常、単独では下流の遺伝子は転写されないが、周辺に転写活性化領域(エンハンサーなど)が存在すると、その影響を受けて下流に存在する遺伝子が転写される。

 オオシモフリエダシャクの「工業暗化」の例を考えるとわかりやすい。これは、産業革命以降のイギリスで、暗化型と呼ばれるより黒い個体の割合が多くなったとされる例である。この蛾は、自然が多い地域では淡色型が目立ちにくく、鳥に捕食されづらかったが、すすで黒くなった木が多い工業地帯では、より黒い暗化型のほうが目立ちにくく、生き残りやすかった。この場合、仮に蛾の色をより黒くするアミノ酸変異が生じたとすると、そのアミノ酸変異は工業地帯で生存に有利で、固定されやすいだろう。ちなみに、近年、具体的にどんな遺伝的変異がこの工業暗化に関わっていたのかが詳細に解析されつつある。

 SWS = short wave sensitive opsin、つまり短波長の光に感受性をもつオプシンのサブタイプ。

 第4章にも記載されているように、深いところには波長の長い赤い光のみが届く傾向がある。つまり、水深の深いところに棲む集団では、青い光を感受するSWSの機能は重要ではなくなってしまう。

 Gタンパク質はGTP結合タンパク質ともよばれ、GTPと結合することで活性化される。GTPを加水分解する性質をもっており、結合しているGTPがGDPに加水分解されると自身が不活性化される。受容体からの信号を中継するものは三量体(α、β、γサブユニット)として存在している。

 神経伝達物質は、放出された後、即座に分解されなければ迅速な伝達を成し得ない。したがって、こういった分解酵素の存在は、ATPが実際にその部位で神経伝達物質として働いていることの傍証となる。

 セロトニンは生体内に存在するモノアミンの一種であり、神経系では神経伝達物質として機能する。生体内のセロトニンの大部分(〜95%)は腸管に存在しており、神経系に存在するものは割合としては小さい。神経系では中脳の縫線核という部位のニューロンで産生され、情動機能等に関係しており、セロトニンの再取り込み阻害剤には抗鬱薬の作用がある。味蕾に存在するセロトニンはそれらとは別の働きをもっていると考えられる。

 迷走神経には感覚性の線維と運動性の線維の両方が含まれており、ここでの迷走感覚神経とはその中の感覚性の要素のみを指す。

 神経細胞(ニューロン)で、突起状の構造(軸索や樹状突起)以外の、核の周辺部の構造を細胞体という。

 ある細胞が放出するリガンドが、その細胞自身の受容体に働くことを自己分泌という。近傍の細胞の場合は傍分泌と呼ぶ。近隣の同じ性質をもった細胞に作用する場合と、自分自身に働く場合を合わせて、自己・傍分泌と呼ぶことが多い。哺乳類のキスペプチンニューロンは、キスペプチン以外に放出するニューロキニンB、ダイノルフィンと呼ばれるペプチドが、キスペプチンニューロン自身に作用することで、アクセルとブレーキのように働き、そのタイムラグでキスペプチンの放出を間歇的に引き起こす。これが前述のGnRHパルスを生み出しているとされている。

 市場に出ている子持ち昆布の中には、ニシン以外の魚(タラの仲間など)を用いて加工されているものもある。また、本物のニシンの卵の場合も、自然に海藻に産みつけられた卵はもっとまばらなので、あのようにびっしりと卵が並んで食べ応えのある子持ち昆布は人為的に作られているようだ。

 タンパク質の一次構造を形成する際にアミノ酸間に形成されるペプチド結合ではなく、側鎖にあるアミノ基とカルボキシル基の間に形成されるペプチド結合のこと。

 2-⑴で述べたように魚類の卵膜の別名は“コリオン”である。将来コリオンになるタンパク質のため、“材料”の意味をもつ“-genin”をつけて、コリオジェニンと呼ばれている。

 遺伝子のうち、半数体ゲノムにつき1コピー(体細胞では2コピー)しかない遺伝子以外のもの。

 共通祖先から生じたいくつかの遺伝子のうち、異なる生物種において類似または相同な機能をもつ遺伝子同士のこと。たとえば、ヘモグロビン、ミオグロビン、サイトグロビンなどは共通祖先から由来するグロビン遺伝子ファミリーであり、ヒトもマウスもこれらの遺伝子をもつが、このうちヒトのヘモグロビン遺伝子とマウスのヘモグロビン遺伝子はオーソログの関係にあるといえる。

 遺伝子ファミリーの中には、突然変異などによって機能を失ってしまうものがある。例えば、変異によって翻訳の途中にストップコドンが入ったり、プロモーターの欠損による転写不能や、転写後のプロセッシングに関与する配列の欠如による成熟mRNAの形成不全などがある。このように、配列の痕跡は残っており、どの遺伝子ファミリーに属するかは明らかだが、機能的でない遺伝子を偽遺伝子(Pseudogene)という。

 魚類では毎年数百の新種記載があり、2018年現在において硬骨魚類の現生種の記載数は3万をこえる。

 栄養リボンという邦訳は、山岸宏『比較生殖学』(東海大学出版会、1995年)による。

 第8章で触れられているデンキウナギなどは、長い身体の大部分が発電器官になっており、肛門の位置が同じように著しく前方に位置する。

 酵素活性は同じであるが、アミノ酸配列の違いによって性質の異なる酵素タンパク質。タンパク質の電気泳動度の差異から、その支配遺伝子座における遺伝子型の差異を検出できる。

 生物相の分布境界線で、この線を挟んで動植物相が大きく変化する。この線の西側が東洋区、東側がオーストラリア区とされる。ウォーレスとウェーバーがそれぞれ異なる境界線を提唱した。スラウェシ島やティモール島は両者の境界線の間に位置する。

 個体や系統を識別する上で目印となるDNA配列のこと。系統間で塩基配列が異なる領域があれば、そこをDNAマーカーとして利用できる。

 ゲノムDNAを制限酵素で切断し、100〜200kbの断片を細菌人工染色体(BAC)ベクターに組み込んでクローン化したもの。大きな領域の物理地図や塩基配列決定に必要とされてきた。

 DNAマーカーや既知のクローンを用いて、配列が一部重なり合うクローンを同定する作業を繰り返し、目的遺伝子近傍のクローンコンティグを作成する方法。

 ミュラー管とは哺乳類の発生過程で将来卵管になる管で、オスではこのホルモンの働きによって退縮する。しかし、真骨魚類にミュラー管はなく、別の機能をもつと考えられる。

 メダカ博士こと山本時男博士は、1953年d-rR系統(オスが緋色、メスが白色の限定遺伝をもとに育成作出された系統、X染色体上に潜性(劣性)のr遺伝子、Y染色体状に顕性(優性)のR遺伝子をもつ、体色により遺伝的な性の判別が可能)の孵化直後から性ホルモンを経口投与して性の人為的転換に成功した。すなわちXrXrでもアンドロゲン投与によりオスとなり、正常メスXrXrと交配して、メスメダカばかりを生んだ。XrYRもエストロゲン投与によりメスに性転換し、正常のオスXrYRと交配した。性ホルモンによる性転換が多くの研究者から示されていたが、山本博士によって初めて遺伝的な性と性ホルモンによる性転換の関連が明らかにされた。コラム⑧も参照。

 コ・オプション(co-option)、遺伝子の使い回し。既存の遺伝子が新たな機能を担うようになること。

 非同義置換よりも大きな影響を与えるのがフレームシフトである。3の単位で塩基は読まれていくが、もし、3の倍数以外の挿入/欠失が起こった場合は、その後の配列が全て読み枠がズレてしまい、その挿入/欠失より後(C末端側)ではまったく異なるタンパク質ができてしまう。

008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングス(Lehman Brothers Holdings Inc.)が経営破綻したことに端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した事象を総括的によぶ通称

通称ブレグジット(英語: Brexit)とは、イギリスが欧州連合(EU)から離脱すること