第1章 脳の研究史

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 地球と呼ばれるこの惑星には多くの生物が生息している。これらのうち動物と呼ばれるグループには昆虫、線虫、貝類、そして魚類、鳥類、私たち人間を含む脊椎動物などがあり、地上や水中、空などの環境に分布を広げ繁栄している。その動物の大部分は無脊椎動物と呼ばれるグループに属し、さらにその中には実に多様なものが存在する(図1)。例えば、クラゲやイソギンチャクの仲間である刺胞動物は極めて単純な体制であるにもかかわらず、世界中の海、場合によっては淡水にも生息しており、特にサンゴ類は褐虫藻との共生により活発に酸素の生成、二酸化炭素の吸収を行ない、地球の生態系の基盤となっている。扁形動物は単純な体制を持ちながらも様々な環境に生息し、さらには寄生生物として他の動物の体内に住まう。この系統では渦虫類のプラナリアがよく知られており、体を切り刻まれてもそれらの断片から体全体が再生するという驚異的な能力を持つ。節足動物の昆虫類は陸上での適応放散が著しく、実に多くの種が存在する。昆虫類が繁栄している理由としては、その体が小さいことやその形態がシンプルかつ機能的であることが挙げられる。特に飛翔能力を備えていることが地上での成功の大きな要因であろう。昆虫以外の節足動物も地球上のあらゆる場所で繁栄しており、軟体動物や環形動物などの無脊椎動物もそれぞれ独自の形態や生理機能を有している。イカやタコなどの頭足類は特徴的な形態や生理機能を備えており、独自の存在感を醸し出している。
これら脊椎動物と違って、脊椎動物はその種類数は昆虫や線虫に遠く及ばないものの、その多様な形態や機能には目を見張るものがある。脊椎動物のグループがこのような適応放散をなしとげることができた要因としては、体の軸に沿って伸びる内骨格やそれに付属する筋肉系、栄養分を効率的に取り込む消化器系や、酸素を効率的に組織へと運ぶ閉鎖血管系、さらには自在な運動を可能にする鰭や四肢など様々な要因が考えられる。
このように、地球上に生息する動物はこの厳しい世界を生き抜くための機能を備えているが、それらが繁栄している理由として、これらの動物が外部環境の情報を収集し、それに対して適切な応答を行なうための優れた能力を持っていたことは見逃せない事実である。このような生理機能の礎となっているのが脳である。動物の持つ形態が進化の過程で作り上げられてきたのと同様に、脳も進化の過程で様々な形態や機能が生み出されてきた(図1)。

図1.動物界における脳と神経系の進化

図1.動物界における脳と神経系の進化。小型もしくは大型の脳の出現を丸で示している。 [系統図はMartín-Duránら(2018)より改変]

 動物はそれぞれが独自の脳を進化させているため、その進化の変遷を調べることには重大な意義がある。そのためには多様な動物の脳を調べ、詳細に比較しなければならない。形態学や発生学、古生物学、ゲノムサイエンスなど多様な手法で多くの動物の脳を調べることで、我々の脳がどこから来たのかについて、ヒトの脳を見ているだけでは絶対にわからない情報を得ることができ、さらに「私たちの脳がこれからどこへ向かうのか」といった疑問に対する回答のヒントを得ることもできるかもしれない。

古代エジブトとギリシアにおける研究史

 自らの精神活動の源はどこにあるのか? 人類は古代よりこの疑問に強い関心を抱いてきた。文明の黎明期である古代エジプトにおいては、「脳」という言葉が人類史上初めて出現している。その時代には心臓が感情や思考の座と考えられていたとの記録がある。しかし、鉄器を用いた解剖道具と医学は既にあり、頭部が損傷すれば精神活動が損なわれる事実は知られていた。人のみでなく神と崇めた甲虫、鳥類、ワニなどのミイラを作り、その魂の永続性を祈った。ミイラを作るためには基本的に脳と内臓が除去される。そのため、魂の永続性について記された『死者の書』に記録こそないものの、脳と魂との関係は古代の人々にとって重要な探求の的だったと言える。
脳が精神活動の中枢であると認められたのは、古代ギリシア時代からである。医学の父と呼ばれるヒポクラテス(紀元前460〜379年)は脳が知能の座であることを指摘している。一方で、著名な哲学者であるアリストテレス(紀元前384〜322年)は脳を冷却器官と捉え、理性の中枢である心臓で熱せられた血液を冷却していると考えていた。アリストテレスは生物学の祖と言われるように、貝やタコなどの海産動物を含む多くの動物の解剖や行動を詳細かつ体系的に比較した。また彼の『霊魂論』は人の精神のみでなく、多様な動物の心の座について考察している。精神が感覚、運動、そして統合の座からなるという考えは、プラトンの著作『国家』などに見られるが、アリストテレスはさらに多くの動物を比較して体系的に考える方法を用い、精神は人のみでなく単純な動物に共通して存在すると考えていた。

中世から近代の脳解剖学

 ローマ時代になると、ガーレン(紀元後130〜200年)がヒツジの脳の構造について調べ、大脳と小脳の機能について考察し、脳が精神活動に関わる器官であると主張している。ただし彼は脳の本体は今で言う大脳の白質や灰白質ではなく、脳の活動に重要なのは脳室であると考えていたようだ。ガーレンの解剖学的知見は第2のアリストテレスと呼ばれたイスラムの医学・哲学者イブン・スィーナー(980〜1037年)の著作を通して世界各国へと広がった。
イタリアの芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519年)もその著作から影響を受け、彼の脳についてのノートにはギリシア語そしてアラビア語の解剖学的用語が見られる(図2)。ダ・ヴィンチは芸術家であると同時にまた卓越した解剖学的視点を持った科学者でもあった。彼は視覚から脳への入力、そして脳神経や末梢神経である迷走神経などを正確に記述し、さらにワックスを脳室に注入して脳室を詳細に観察した。ただし、中世以来の考えである感覚が統合される場所、すなわち精神の座は視神経や脳神経が入力する第1番目の脳室だと考えていた。

図2

図2.レオナルド・ダ・ヴィンチによる脳のスケッチ(1506〜07年、シュロス博物館所蔵)。[https://www.commons.wikimedia.org/wiki/File:Leonardo_Da_Vinci%27s_Brain_Physiology.jpg]

 ルネ・デカルト(1596〜1650年)は精神の座をより幾何学的に解釈することを好んだ。解剖学的には感覚入力と運動出力の間には松果体と呼ばれる構造が位置する。これが統合の座すなわち魂の居場所であると仮定した。その意味ではデカルトはダ・ヴィンチと同じ発想で結論に達したと言える。
18世紀になると脳組織が白質と灰白質に分けられることや、中枢神経系と末梢神経系の詳細な解剖学が進展した。ガルヴァーニ(1737〜1798年)とデュ・ボア・レーモン(1818〜1896年)は、神経に電気刺激を与えると筋収縮がおこることを発見し、神経が電気的な配線であるという考えを提唱した。ちょうどこの時期にイギリスの小説家メアリー・シェリー(1797〜1851年)が『フランケンシュタイン』(原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』〔Frankenstein: or The Modern Prometheus〕)を出版している。

18世紀以後の進化をめぐるアカデミー論争

 18世紀から19世紀にかけて、脳の比較形態学的な研究が花開くことになる。自然史と博物学において、神経系の形態はひとつの重要な研究対象だった(図2)。イギリスのロバート・フック(1635〜1703年)が顕微鏡を用いて詳細に生き物の微細構造を観察し、1665年に『顕微鏡図譜』の中で細胞が初めて報告された。オランダのヤン・スワンメルダム( 1637 〜1680年)は、魚類、頭足類、昆虫などを顕微鏡で観察した。1737〜1738年に執筆された『自然の書』では、ミツバチの複眼と脳、トンボ、そしてハエの幼生の神経系の構造を詳細に報告している(図3)。

図3.巻貝、イカ、昆虫の知られる限り最も古い脳と神経系の解剖図(1737〜1738年、ヤン・スワンメルダム『自然の書』より)。

図3.巻貝、イカ、昆虫の知られる限り最も古い脳と神経系の解剖図。[1737〜1738年、ヤン・スワンメルダム『自然の書』より]

 フランスの博物学者ジョルジュ・キュビエ(1769〜1832年)は後に古生物学の父と呼ばれることになるが、同時にまた脳を含む解剖学の権威でもあった(図4)。同じ自然史博物館の同僚であったジャン・バティスト・ラマルク(1744〜1829年)は無脊椎動物の分類において獲得形質としての進化が重要な要因であると説き、同じく同僚だったジョフロワ・サンチレール(1772〜1844年)は様々な動物の体と神経系で、ある共通の単一なプランが存在すると説いた。ただし、キュビエはラマルクそしてサンチレール双方の説に反対した。キュビエは自身が執り行なった様々な動物の脳と神経系の形態情報から、独自の原則に基づいた分類体系を構築していた。その結果、動物の連続的な進化はなかったと結論したのである。このキュビエとサンチレールの論争は、分子生物学が興隆した現代にまで解決していない問題として引き継がれることになる。

図4.パリ国立自然史博物館の脳標本および模型。

図4.パリ国立自然史博物館の脳標本および模型。脳の研究の歴史は医学および自然史研究との関連が深い。[比較解剖学ギャラリーから筆者撮影]

 また19世紀になると、医学の分野では脳の別々の部位には独自の機能が存在すると考えられるようになった。ドイツ人医師ガル(1758〜1828年)の骨相学は有名であり、脳を覆う頭骨の形態的な特徴からヒトの心が推測できると説いた。シャーロック・ホームズが活躍するコナン・ドイルの小説『バスカヴィル家の犬』で、そのことが言及されている。
脳の機能局在説はブローカ(1824〜1880年)によってより明確にされた。同時代はチャールズ・ダーウィン(1809〜1882年)が1859年に『自然選択すなわち生存競争による種の起源』を出版したこともあり、またダーウィンの晩年の最大の関心事は『ヒトの由来』や『人及び動物の表情について』といった著作に見られるように、知能の由来と進化だった。ダーウィンの友人であり、ネオ・ダーウィニズムを提唱したロマネス(1848〜1894年)もまた、動物とヒトの知性、そして意識などの心理機能を系統関係に基づいて体系化しようと試みた。
そのような時代背景もあり、多様な動物の神経系の比較解剖学的な知見や系統的な由来、そして起源が研究された。20世紀の初頭にはブロードマン(1909年)がヒトの大脳の細胞構築に基づく脳地図を作成し、現代のヒトの脳科学の組織学的な基礎が作られたのもこの時代である。

ニューロン説をめぐるカハールとゴルジ

 脳の研究史を紐解く際に忘れてはならないのがニューロン説である。脳の中の組織構造については長らく謎であった。ゴルジ(1843〜1926年)は脳組織を銀クロム酸塩の溶液に浸すゴルジ染色法によって、神経細胞の形態を可視化することに成功した(図5)。そして彼は脳の中には神経細胞が作る複雑なネットワークが存在することを発見したのである。それら神経細胞は細胞体、神経突起(樹状突起と軸索)といった構造に分けられることが判明した。ただし、ゴルジは異なる細胞の神経突起は融合して血管のような回路網を作っていると考えていた。それに異を唱えたのがスペインの誇る神経学者ラモニ・カハール(1852〜1934年)である。この業界で彼は正真正銘の天才としてその名を残している。ラモニ・カハールは神経細胞の突起は互いが連続しているのではなく、わずかな空隙を隔てた接合部(シナプス)によって連絡しているとするニューロン説を提唱した。その後の電子顕微鏡の発明により、ニューロン説が正しいことが証明された。ラモニ・カハールはまた多くの脊椎動物や無脊椎動物、昆虫やイカの脳と神経系を、彼独自の銀染色方法によって記述した。その卓越した神経解剖学的な知見と記述は、脳の進化や機能を推測するために今なお貴重な情報源となっている。

図5.1899年にゴルジが用いたおよび犬の嗅球(左)および海馬(右)の組織像。

図5.1899年にゴルジが用いたおよび犬の嗅球(左)および海馬(右)の組織像。ゴルジは1873年に銀で細胞を染める方法を発見した。 イタリアのパヴィア大学博物館からマリオット博士とマッツァレッロ博士の好意による

神経回路の追跡方法と顕微形態学の発展

 脳の進化を探るための主要な研究は、先述のラモニ・カハールやジョンストンらによる比較形態学的研究をその礎にし、それらの結果から進化について考察するという方法論でなされてきた。これまでに脳の形態学には多大なエネルギーが費やされており、主要な無脊椎動物、および脊椎動物のほぼ全ての系統で脳形態が調べられている。神経の配線など細かいところは未だ不明な点が多いが、成体の無脊椎動物や脊椎動物の末梢神経・中枢神経のおおよその組織学的な形態については一般的な理解が得られていると言えるだろう。しかし、ゴルジ染色やカハール染色などの銀染色方法では一般的に一部の神経繊維のみ染色するのみで、近年の電子顕微鏡の発達によって多くの回路構造が未発見であることがわかってきた。
西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)などの物質を神経に取り込ませる新たな方法によって神経繊維が特異的に染色できるようになると、様々な脳領域の神経配線が追跡できるようになり、神経系の全容が解明されていった。同時にヒト以外の動物の神経系の知見が蓄積していく。それらの結果は脊椎動物についてはアリエンス・カッパーズやニューエンハイスらの著作によって、無脊椎動物についてはバロックとホリッジやシュミット・リーサらの著作にまとめられている。また、ジェリソンらが確立した動物の体重に対する脳重量の割合を調べる方法もよく使われている。この結果をグラフにしてみると脊椎動物の脳の大きさを極めてわかりやすく比較でき、これによって私たちは動物の脳の発達具合を大雑把に見積もることができる。また、この方法は脳の体積がわかればいいので、頭蓋骨の内部で脳が入っていた部分(エンドキャスト)の容積を測定して脳の体積を見積もることができれば、化石種(例えば恐竜)の脳を現生動物と比較することもできる。

分子生物学の興隆

 分子生物学の進歩によって脳に発現する遺伝子が詳しく調べられるようになり、脳の形態や機能が、遺伝子の発現や機能と共に語られるようになった。さらに、脳発生に関わる遺伝子を種間で比較して、脳の進化を探る学問分野(Evo-devoと呼ばれる)が起こり、20世紀末から現代にかけて発展した。この分野ではルイス・プエイエスらが中心となって遺伝子発現をもとに鳥類や哺乳類の終脳の領域の相同性についての議論が続けられている。こうした知見についてはカースらによってまとめられている(図6)。さらに最近では次世代シーケンサーの普及によりゲノムの情報を容易に得ることが可能になったため、ゲノムのレベルで脳進化を探る研究が進められている。分子生物学は神経系の進化のみでなく、発生や分化の仕組みの解明、そして生命科学や医学全般に革命を起こしたといえる。その精力的かつ膨大な研究の成果、例として山中らによる人工多能性幹細胞(iPS)が2006年に開発され、パーキンソン病などの神経疾患の治療や再生医療に大きな期待がかけられている。また近年、神経細胞を幹細胞から培養し、脳に似た構造を持ったオルガノイドという組織塊を生み出す研究も加速している。さらにゲノム編集技術により、様々な動物種で機能解析の実験が行なえるようになった。今はまさに神経系の進化や機能を知るための条件が整ってきたと言え、今後の研究の発展が期待される。

図6.小鳥とヒトの脳。大脳皮質や基底核などの領域は似た遺伝子の発現と神経の回路構造を持つ。 Pfenning, A.R.,ら(2014)の論文から改変

図6.小鳥とヒトの脳。大脳皮質や基底核などの領域は似た遺伝子の発現と神経の回路構造を持つ。 Pfenning, A.R.,ら(2014)の論文から改変

脳と人工知能︱カンブリアの爆発以上の出来事

 時代の変化は急速である。系統的な由来が異なるハエとマウスの脳を分子のレベルで比較することに熱狂的だった時代は過ぎつつあり、今や脳と人工知能を比べて脳の構築原理から新たな汎用性を持つ知能、もしくはヒトを凌駕する「超知能」を生み出す研究が注目されている。ヒトのみでなく動物の脳の特性は、柔軟で汎用性を持ちながら学習し、実に雑音が多い世界で最適に生き抜く能力にある。この性能は現在の人工知能はとても弱い。当然のことながら人工知能、その代表格である機械学習を行う「畳み込みネットワーク」や、昨年開発された「カプセルネットワーク」は計算論的なアルゴリズムで働くために、遺伝子もなければタンパク質からなる回路やシナプスも必要としない。しかし脳と共通することは、情報処理を行なう仕組みとアルゴリズムとしての構造を持つ点にある。
知性を物理的もしくは工学的に応用するという考えは、計算が生まれた古代エジプトまでにさかのぼらずとも、常に人類史と共にあった。より現代に限れば、最初の人工ニューロンは1943年にシカゴ大学でマックロックとピッツによって生み出された。1958年には、コーネル航空研究所のローゼンブラットが、学習を行なう「パーセプトロン(Perceptron)」というネットワークを網膜と大脳の構造をヒントに考案して、心理学の雑誌に投稿した。同じ時期、あまり知られていないが、無脊椎動物の脳の構造をもとに人工的な学習回路を作る試みが西欧諸国においても少なからず進行していた。また日本においても、1980年には世田谷のNHK放送技術研究所に勤務していた福島が大脳の視覚野とその処理構造をもとに、「ネオ・コグニトロン(Neocognitron)」と呼ばれる画像処理ネットワークを作成した(図7)。

図7.最も初期に考案された人工知能のひとつである福島邦彦氏によるネオ・コグニトロン(上図)および過去40年間に生み出された人工ネットワークの多様化(下図)。Fukushima (1980)およびKotseruba & Tsotsos (2018)を改変。コツェルバとツオソス博士の好意による。

図7.最も初期に考案された人工知能のひとつである福島邦彦氏によるネオ・コグニトロン(上図)および過去40年間に生み出された人工ネットワークの多様化(下図)。Fukushima (1980)およびKotseruba & Tsotsos (2018)を改変。コツェルバとツオソス博士の好意による。

 人工知能を考案する研究の歴史は浮き沈みが激しく、社会的な要望が高い。その反面、成功しなかった場合の失望も大きかった。現在は、第3次の人工知能ブームの渦中にあると言われている。インターネットが世界中の情報をつなぎ、改良された機械学習を行なうネットワークが自動的に収集された画像や音声を識別して成功を収めた。グーグルDeepMind社の「Deep-Q-Network」は、インベーダーゲームをヒトよりも上手に行なう(しかしパックマンは苦手なようだ)。これらの人工知能は、「情報の入力、層状の処理、そして出力」という、定義された情報の流れ(フロー)がある。この階層構造は、クラゲ、ハエ、タコ、魚、ヒトの神経系と同質であることは注目に値する。「感覚し、考え、そして運動」するのである。そしてシナプスのように重み付けで学習し、記憶する。マイクロソフトの「ResNet(Deep Residual Network)」は100層以上という多層からなる処理構造を持ち、DeepMind社のGAILは高次の運動機能を司る大脳基底核と脊髄に似た階層性を備え、仮想空間ならばヒトと同じく器用にも障害物を巧みにかわしながら二足で走り回る。同社の強化学習を模した「AlphaGo」はヒトのチャンピオンに囲碁で打ち勝った。さらにヒトが「事前の対戦で経験した情報」なしで、自身で反復学習する回路と能力を持つ「AlphaGo Zero」が、人工知能の研究者たちを驚愕させたのが昨年2017年の話である。さらに発展したバージョンである「Alpha Zero」は将棋やチェスでも頂点に君臨した。本年2018年においても新たなアルゴリズムが次々と生み出された。そのひとつ「MERLIN(英国のドラマに登場する「魔術師」と同名)」は、記憶の引き出し方法をヒトの記憶の座である海馬に似せた。
100年後に現在の時代のことを省みたらどうだろうか。人工知能の進化の歴史は、33億年におよぶ生命の進化の歴史に比べればほんの一瞬の出来事である。無数の人工知能とその変形した「種」が生み出された私たちが生きる今のこの時代は、かつて動物が爆発的に多様化したおよそ5億4000年前の「カンブリア期の爆発」以上のイベントが眼前で起こっているのである。
しかし、この「Alpha Zero」、「GAIL」、そして「MERLIN」は極めて発展途上であるため、中途半端な存在である。まだ人間の助けなしで危険に満ち溢れた自然界を生き抜くことはできない。注意することや、自身がどのような状態かを理解して自ら内省する「自己意識」を持っていない。痛みや睡眠機能もなく、多様な情動、喜怒哀楽を持たずに微妙な情感や感性を体で表現できもしない。そのような意味ではヒトやその赤ん坊の脳に近いどころか、クラゲ、ハエ、タコ、プラナリアの脳にもおよばない。現在の人工知能は動物の脳の進化と似た経緯で発展していくのだろうか? 生物が持つ知能と工学的な知能の進化。それを比べて、どちらが優れているのかを話あうことができるのは、今の時代に生きる私たちの特権である。

脳の完全地図の作成とコネクトーム

 脳の完全地図を作成する。すなわち回路構造を理解するコネクトーム(connectome)を解明できれば、その成果をもとに格段に高性能な人工知能を開発できるという考えがある。2013年からおよそ2000億円もの予算をかけて開始した西欧諸国主導によるヒトの脳のコネクトームの解明とシミュレーションを目的とした「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」が現在進行している。米国では、1988年から2003年までの間に3800億円近くを費やしたヒューマン・ゲノムプロジェクトを完了し、その後継として2013年にオバマ前大統領が革新的な技術開発による脳の理解を目指した「ブレイン・イニシアチブ(BRAIN: Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies)」を、およそ300億円もの政府および私的資金の提供の下に発足した。これは既に2008年に開始していた、国防高等研究計画庁とIBM社による人間の脳に似たシステムを電子回路によって作成することを目指した「SyNAPSEプロジェクト」、そして国立衛生研究所が2009年から5年計画で人間の脳のMRI技術を中心に情報を収集する「ヒューマン・コネクトーム・プロジェクト」に継続するものでもあった。
近年では、政府のインテリジェンス高等研究計画活動とブレイン・イニシアチブの一部として「MICrONS (Machine Intelligence from Cortical Networks) プロジェクト」が発足している。この計画では主に視覚プロセスに関係するコネクトームを明らかにし、ヒトに近い視覚能力を持った人工知能を作るのが目的である。その他にも、スイス連邦工科大学が中心に発足した「Blue Brain Project」、 日本では理化学研究所が主体となって「Brain/MINDS: 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」を2014年から開始しており、霊長類のマーモセットを対象として、神経疾患モデルの作製やMRI技術を用いたマクロな解析と光学顕微鏡レベルでの回路図の完成を目指している。上記の脳を解明するプロジェクトはいずれも方向性や目標が共通している。脳の構造と機能を明らかにして、その知見を産業や医学に役立てようというものである。
しかし、コネクトミクスの分野で解決しなければならない問題点は非常に多い。例えば、解析できる組織量に限界がある。脳のコネクトームを明らかにするにはシナプスの結合を同定することが必須であり、厳密にはナノスケールで解析ができる電子顕微鏡のみで可能である。マイクロメートルの単位で観察する多光子顕微鏡や光学レベルの顕微鏡技術は、標本の透過手法も含めて近年格段の進歩が見られた(図8)。そのため、神経活動をごく一部のラベルした回路でミリメートルからマイクロメートルの大きさならば、脳の全体像が確認できるようになった。2007年にLivetらは、マウスの遺伝学的特性を利用して多様な神経細胞を虹色にラベルする脳レインボー(Brainbow)技術を発表した。しかしシナプスの結合は明瞭に判別できず、同定できる回路も一部であるという限界があった。コネクトームを本当の意味で完成させる唯一の方法は、透過型電子顕微鏡を用いた連続像の取得、もしくは近年発達した連続像を高速で取得する走査型電子顕微鏡(SBF-SEM)などの機器を必要とする。しかしながら、カスツーリらによって連続的な電顕像の取得によって脳の完全地図が報告されたものの、それはマウスの大脳皮質のわずか40×40×50マイクロメートルの領域のみだった。近年解析可能な範囲は拡大する傾向にあるものの、厚さ2ミリメートルほどのマウスの大脳新皮質のコネクトームを明らかにするだけでも多大なる連続切片作成の時間と、高精細な解像度を維持する高速の演算処理能力を持った機器類が必要である。既に線虫のコネクトームは知られているが、本年、キイロショウジョウバエの成体の脳の完全地図が報告された。他の動物の脳もこの研究が雛形となって進展することが予想される。今後さらなる革新的な技術の発明が必要なことは間違いない。

図8.マウスの脳と神経回路。
図8.マウスの脳と神経回路。左図はCreリコンビナーゼ遺伝子を含むアデノ随伴ウイルスベクターにより大脳皮質の細胞がラベルされた。右図は電界放出型走査電子顕微鏡による大脳皮質の一部の立体構築図。

 今後の脳研究はどのように進むのだろうか? 1969年のアポロ計画による人類初の月面歩行は米国の威信を賭けた国家事業だった。その計画を見守った世界中の人々は科学の偉大さに驚嘆した。2003年に完了したヒトゲノム計画もまた、分子生物学のみでなく、生命科学全体の発展に繋がった成功例だった。脳についてはいかがだろうか。脳の完全な地図を作成して、果たして人類は月面に到着したのと同じように、いまだに解明されていない「心」と呼ばれる秘境に立ち入ることができるだろうか?

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ミエリン鞘はとも呼ばれ、軸索に巻き付いて絶縁体として働く構造である。これにより神経パルスはミエリン鞘の間隙を跳躍的に伝わる(跳躍伝導)ことで神経伝達が高速になる。ミエリン鞘は末梢神経系の神経ではシュワン細胞、中枢神経系ではオリゴデンドロサイトから構成される。

脳の中にある空洞のこと。脳脊髄液で満たされている。脊髄にあるものは中心管と呼ばれる。

神経堤細胞は脊椎動物の発生時に見られる神経管に隣接した組織。頭部では神経、骨、軟骨、甲状腺、眼、結合組織などの一部に分化する。

細胞の生体膜(細胞膜や内膜など)にある膜貫通タンパク質の一種で、特定のイオンを選択的に通過させる孔をつくるものを総称してチャネルと呼ぶ。筒状の構造をしていて、イオンチャネルタンパク質が刺激を受けると筒の孔が開き、ナトリウムやカルシウムなどのイオンを通過させることで、細胞膜で厳密に区切られた細胞の内外のイオンの行き来を制御している。刺激の受け方は種類によって多様で、cGMPが結合すると筒の穴が開くものをcGMP依存性イオンチャネルと呼ぶ。TRPチャネルも複数のファミリーからなるイオンチャネルの一群であり、非選択性の陽イオンチャネルである。発見された際に用いられた活性化因子の頭文字や構造的特徴から、A (Ankyrin), C (canonical), M (melastatin), ML (mucolipin), N (no mechanoreceptor), P (polycystin), V(vanilloid)の7つのサブファミリーに分類されている。TRPは、細胞内や細胞外の様々な刺激によって活性化してセンサーとして働いたり、シグナルを変換したり増幅したりするトランスデューサーとしての機能も併せ持つ。温度センサーやトウガラシに含まれるカプサイシンのセンサーとしても機能していることが知られている。

任意の遺伝子の転写産物(mRNA)の相同な2本鎖RNAを人工的に合成し生物体内に導入することで、2本鎖RNAが相同部分を切断して遺伝子の発現を抑制する手法。2006年には、この手法の功績者がノーベル生理・医学賞を受賞している。

様々な動物種間で塩基配列やアミノ酸配列を比較することによって、類似性や相違を明らかにする手法。この解析によって動物種間の近縁関係や進化の過程を予測することが可能になる。

発生過程で神経管を裏打ちする中胚葉組織であり、頭索類・尾索類では背骨のような支持組織としての役割を持つ。脊椎動物では運動ニューロンの分化を誘導するなど発生学的役割を持つ

魚類に顕著にみられる鰓のスリットで、哺乳類では発生の初期にはみられる。発生が進むと複雑な形態形成変化が起き、消失するが、外耳孔などは鰓裂の名残ということができる。

動物の初期発生において最初の形態形成運動として原腸陥入が起こる。原腸は消化管に分化する。この原腸陥入によって生じる「孔」を原口と呼ぶが、これが将来の動物の体の口になるのが前口動物であり、肛門になるのが後口動物である。半索動物、脊索動物は後口動物である。

ナマコの幼生のことをオーリクラリア幼生と呼ぶが、ウニのプルテウス幼生、ヒトデのビピンナリア幼生、ギボシムシのトルナリア幼生など、形態的共通性をもつ幼生全体をまとめてオーリクラリア(型)幼生と呼ぶ。今日ではディプルールラ型幼生という呼び方が広く使われている。この説はガルスタングが1928年に提唱した。その時代にはオーリクラリアという用語が使われたため(ディプリュールラ説ではなく)オーリクラリア説と呼ばれている。

Hox遺伝子はショウジョウバエで発見されたホメオティック遺伝子の相同遺伝子である。無脊椎動物のゲノムには基本的に1つのHoxクラスターがあり、脊椎動物のゲノムには4つのHoxクラスターがある。Hoxb1は4つあるクラスターのうちのBクラスターに属する1番目のHox遺伝子という意味である。

脊椎動物胚の後脳領域には頭尾軸にそった分節性(等間隔の仕切り)がみられる。この各分節をロンボメアと呼び、図14に示すように7番目までは形態的に明瞭に観察できる。

脊椎動物のゲノムにはふたつか3つのIsletが存在する。Isletは脳幹(延髄、橋、中脳)の運動性脳神経核に発現して、運動ニューロンの分化に関与している。

感桿型では光刺激はホスホリパーゼCとイノシトールリン酸経路を活性化させる。繊毛型ではホスホジエステラーゼによる環状GMPの代謝が関与している。

気嚢による換気システムは獣脚類と呼ばれる恐竜から鳥類に至る系統で段階的に進化していったと考えられる。

このような特異な形態は胚発生期には見られず、生後に発達する。その過程は頭骨に見られる「テレスコーピング現象」と並行して進む。

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卵や精子、その元となる始原生殖細胞などを指し、子孫に遺伝情報が引き継がれる細胞そのものである。

卵や精子を作る減数分裂において、母由来の染色体と父由来の染色体が対合したときに、同じ領域がランダムに入れ替わる(組み換えられる)。つまり、我々の”配偶子の”染色体は、父親と母親由来の染色体がモザイク状に入り交じったものなのである(体細胞の染色体は免疫グロブリンなどの一部の領域を除いて基本的には均一なものと考えられている)。

 タンパク質にコードされる遺伝情報をもつ塩基配列。狭義にはゲノムDNAのうち、mRNAに転写され、タンパク質になる部分。近年は、タンパク質に翻訳されないものの、機能をもつtRNA、rRNAやノンコーディングRNAなども遺伝子の中に含められるようになっている。本書では、特に注意書きのない限り、タンパク質の元となるmRNAになる部分を遺伝子、と呼ぶ。

 では、その転写因子はなにが発現させるのか、というと、やはり別の転写因子である。卵の段階から、母親からmRNAとして最初期に発現する遺伝子は受け取っているので(母性RNA)、発生の最初期に使う転写因子を含む遺伝子群に関しては、転写の必要がないのである。その後、発生、分化が進んでいくと、それぞれの細胞集団に必要な転写因子が発現し、実際に機能をもつ遺伝子の転写を促す。

遺伝子は、核酸配列の連続した3塩基(コドンと呼ばれる)が1アミノ酸に対応し、順々にペプチド結合で繋げられてタンパク質となる。3つの塩基は43=64通りになるが、アミノ酸の数は20個、stopコドンを含めても21種類しかない。したがって、同じアミノ酸をコードするコドンは複数あり、たとえ変異が入ってもアミノ酸は変わらないことがある。これを同義置換と呼ぶ。一方で、変異によってコードするアミノ酸が変わってしまう置換を非同義置換と呼ぶ。

 ふたつの系統が祖先を共通にした最後の年代。本章では、近年の分岐年代推定を利用して作成された系統樹(当該文献[9]のFig.1を参照)からおよその年代を読み取り、記入している。

 アフリカツメガエルや、コイ科、サケ目など、進化上の随所でも全ゲノム重複が起こっている。

 最もよく知られている放射性同位元素による年代測定は、放射性炭素年代測定である。炭素12Cは紫外線や宇宙線によって、空気中では一部(1/1012)が常に14Cに変換されている。つまり、大気中ではいつの時代も1兆個の炭素原子のうちひとつが14C、残りが12Cという割合なのである(太陽活動の変化などにより若干のブレはある)。しかし一旦生物の体内に炭素が取り込まれ、そしてその生物が死に、地中に埋まってしまえば、もう宇宙線も紫外線も当たらないので、14Cへの変換は起こらない。ここで14Cは放射性同位元素であることに注目したい。14Cは約5730年で半分が崩壊し12Cに変換される。したがって、14Cの比率でいつその物質が地中に埋まったのかがわかるのである(文献7)。

 ただし、この放射性炭素年代測定では、14Cの検出限界の関係で、せいぜい6万年が限界である。それより昔は火山岩に含まれる物質の、やはり放射性崩壊の半減期を元に推定される。例えば、K-Ar法では、40Kが40Arに13億年の半減期で放射性崩壊することを利用する。溶岩からできたての火山岩か、あるいは何億年も経ったものかを調べることができる。40Kは岩石中に元々大量に存在するため、差異を検出することは不可能だが、40Ar(常温で気体)は大気中には微量しか含まれないため、岩石中に封入された気体の中の40Arの含有率を計測することにより、その岩石の古さがわかる。当然、40Arの率が高い物が古い岩石である。このように、複数の放射性元素の崩壊の半減期から地質年代というのは推定される。

 南米にもごく少数ながら有袋類が現存しており、これらのゲノム解析・比較から、オーストラリア・南米で現生の有袋類の共通祖先は、実は南米で生まれ、当時陸続きだった南極大陸を経て、オーストラリアにいたったと考えられている。

 世界で最も臭いといわれているシュールストレミングをネットで取り寄せて購入したとき、人々は逃げるどころか、わざわざ悶絶するために集まってきた。いい匂いの物を取り寄せても20人もの人数は集まるとは思えず、怖い物見たさという悪趣味な好奇心はたいしたものである。無論、取り寄せた私も例外ではない。ちなみに、シュールストレミングはひとかけらをクラッカーの上に載せるくらいの食べ方なら悪くない気もする。

このふたつの硬骨の作られ方について、第3章に詳述があるので参照。

 ガノイン鱗には我々の歯のエナメル質を作る遺伝子と相同な遺伝子が発現しており(文献18)、イメージとしては歯で身体を覆われているようなもので、当然極めて強固である。

 遺伝子にはその由来によっていくつかの異なる呼び名がある。オーソログとは、共通祖先がもつある遺伝子Aが、種分化によって2種以上の生物に受け継がれた時、受け継がれた遺伝子たちをオーソログと呼ぶ。パラログとは、遺伝子重複によって生じたふたつ以上の遺伝子を指す。最近では大野乾氏の功績をたたえ、ゲノム重複によって生じたパラログで現存するものを特にオオノログOhnologと呼ぶ。

 異化と同化……この2種類の化学反応によって生命活動は維持されている。異化は物質を分解してエネルギーを取り出す代謝経路、同化はエネルギーを使って必要な物質を体の中で作り出す代謝経路。

 アデノシン三リン酸の略。生体内のエネルギー通貨として、様々な化学反応に用いられている。

 組織中の核酸分子(ここでは特定の遺伝子から転写されたmRNAを指す)の分布を検出する手法。調べたい遺伝子の塩基配列を元に、そのmRNAに特異的に結合する分子を設計・合成することで特異度の高い検出が可能となっている。

 通常の生物の核ゲノムはそれぞれの両親に由来する染色体が2本1セット存在し(ディプロイド)、その染色体間で組み替えが起こるため遺伝的な由来を辿る作業がしばしば煩雑になる。しかしミトコンドリアは母親由来であるため(ハプロイド)、そのゲノムを利用することで比較的簡便に遺伝的な類縁関係を遡ることが可能となる。

 増幅断片長多型:制限酵素で切断したゲノムDNA断片をPCRにより増幅し、断片の長さの違いを網羅的に検出比較する方法。この断片長の違いを種間の類縁関係の推定に使用することが多い。

 sexual conflict。ある形質が片方の性にとっては有利だが、もう片方の性にとっては不利な場合にオスメス間で生じる対立。

 次世代シーケンサーを利用して、各組織に発現する遺伝子の種類や量を網羅的かつ定量的に推定する解析方法。

 真核生物のゲノムに散在する反復配列のうち、一度DNAからRNAに転写され、その後に逆転写酵素の働きでcDNAとなってからゲノム中の別の座位に組み込まれるものを指す。数多くのレトロポゾンが存在しており、例えばヒトゲノムは約40%がレトロポゾンによって占められている。

 太陽光には連続したことなる波長成分の光が含まれているが、その波長によってエネルギーが異なるため、水中に到達する波長成分の割合が深さによって異なることがわかっている。特に濁ったビクトリア湖のような水環境では浅場の方が短波長である青色光の成分が多く、深場では長波長の黄色〜赤色の成分が多いことがわかっている。

 タンパク質をコードするDNA配列上の塩基置換にはアミノ酸の置換を伴う非同義置換と、伴わない同義置換がある。一般に、同義置換は生体に影響を及ぼさないため中立であるが、非同義置換は生体にとって不利であることが多い。ただしタンパク質の機能変化が個体にとって有利な場合は非同義置換の割合が上昇することが知られており、それを正の自然選択と呼ぶ。同義置換と非同義置換の割合を統計学的に比較する方法がある。詳細については第7章およびコラム「適応進化に関わる候補遺伝子や候補領域を絞り込むアプローチ」を参照。

   発生初期の胚の一部の細胞群から作られ、生殖細胞を含む様々な組織に分化可能な性質(多能性)を有する細胞株。英語名(embryonic stem cells)の頭文字をとって、ES細胞と呼ばれることも多い。

 変異体を元になった親系統と交配すること。TILLING変異体に関しては変異以外の部分を親系統由来のゲノムに置換するために行う。1回の交配で全体の50%の領域が置換されるため、90%以上を置換するためには最低4回の、99%以上を置換するためには最低7回の戻し交配が必要である。

 タンパク質の二次構造のうち代表的なモチーフのひとつ。水素結合により形成されたらせん状の形である。

 Francis Crickが1958年に提唱した、遺伝情報がDNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質、という流れで伝わるという概念のこと。分子生物学の基本となる極めて重要な概念である。

 ヒメダカの原因遺伝子としてだけでなく、ヒトの先天性白皮症(つまりアルビノ)やホワイトタイガーの原因遺伝子としても知られる。水素イオンを運ぶトランスポーターをコードすることがわかっているが、その黒色素産生(メラニン合成)における機能は未解明な点が多い。

 相同組換えの鋳型となる外来DNA断片のこと。通常、導入したい配列(GFP遺伝子や特定の塩基置換など)の上流・下流それぞれに、導入したいゲノム領域と相同な配列(相同アームと呼ばれる)を持ったDNA断片である。

 RNAポリメラーゼが結合し、RNAを転写するのに必要最小限の遺伝子上流配列。通常、単独では下流の遺伝子は転写されないが、周辺に転写活性化領域(エンハンサーなど)が存在すると、その影響を受けて下流に存在する遺伝子が転写される。

 オオシモフリエダシャクの「工業暗化」の例を考えるとわかりやすい。これは、産業革命以降のイギリスで、暗化型と呼ばれるより黒い個体の割合が多くなったとされる例である。この蛾は、自然が多い地域では淡色型が目立ちにくく、鳥に捕食されづらかったが、すすで黒くなった木が多い工業地帯では、より黒い暗化型のほうが目立ちにくく、生き残りやすかった。この場合、仮に蛾の色をより黒くするアミノ酸変異が生じたとすると、そのアミノ酸変異は工業地帯で生存に有利で、固定されやすいだろう。ちなみに、近年、具体的にどんな遺伝的変異がこの工業暗化に関わっていたのかが詳細に解析されつつある。

 SWS = short wave sensitive opsin、つまり短波長の光に感受性をもつオプシンのサブタイプ。

 第4章にも記載されているように、深いところには波長の長い赤い光のみが届く傾向がある。つまり、水深の深いところに棲む集団では、青い光を感受するSWSの機能は重要ではなくなってしまう。

 Gタンパク質はGTP結合タンパク質ともよばれ、GTPと結合することで活性化される。GTPを加水分解する性質をもっており、結合しているGTPがGDPに加水分解されると自身が不活性化される。受容体からの信号を中継するものは三量体(α、β、γサブユニット)として存在している。

 神経伝達物質は、放出された後、即座に分解されなければ迅速な伝達を成し得ない。したがって、こういった分解酵素の存在は、ATPが実際にその部位で神経伝達物質として働いていることの傍証となる。

 セロトニンは生体内に存在するモノアミンの一種であり、神経系では神経伝達物質として機能する。生体内のセロトニンの大部分(〜95%)は腸管に存在しており、神経系に存在するものは割合としては小さい。神経系では中脳の縫線核という部位のニューロンで産生され、情動機能等に関係しており、セロトニンの再取り込み阻害剤には抗鬱薬の作用がある。味蕾に存在するセロトニンはそれらとは別の働きをもっていると考えられる。

 迷走神経には感覚性の線維と運動性の線維の両方が含まれており、ここでの迷走感覚神経とはその中の感覚性の要素のみを指す。

 神経細胞(ニューロン)で、突起状の構造(軸索や樹状突起)以外の、核の周辺部の構造を細胞体という。

 ある細胞が放出するリガンドが、その細胞自身の受容体に働くことを自己分泌という。近傍の細胞の場合は傍分泌と呼ぶ。近隣の同じ性質をもった細胞に作用する場合と、自分自身に働く場合を合わせて、自己・傍分泌と呼ぶことが多い。哺乳類のキスペプチンニューロンは、キスペプチン以外に放出するニューロキニンB、ダイノルフィンと呼ばれるペプチドが、キスペプチンニューロン自身に作用することで、アクセルとブレーキのように働き、そのタイムラグでキスペプチンの放出を間歇的に引き起こす。これが前述のGnRHパルスを生み出しているとされている。

 市場に出ている子持ち昆布の中には、ニシン以外の魚(タラの仲間など)を用いて加工されているものもある。また、本物のニシンの卵の場合も、自然に海藻に産みつけられた卵はもっとまばらなので、あのようにびっしりと卵が並んで食べ応えのある子持ち昆布は人為的に作られているようだ。

 タンパク質の一次構造を形成する際にアミノ酸間に形成されるペプチド結合ではなく、側鎖にあるアミノ基とカルボキシル基の間に形成されるペプチド結合のこと。

 2-⑴で述べたように魚類の卵膜の別名は“コリオン”である。将来コリオンになるタンパク質のため、“材料”の意味をもつ“-genin”をつけて、コリオジェニンと呼ばれている。

 遺伝子のうち、半数体ゲノムにつき1コピー(体細胞では2コピー)しかない遺伝子以外のもの。

 共通祖先から生じたいくつかの遺伝子のうち、異なる生物種において類似または相同な機能をもつ遺伝子同士のこと。たとえば、ヘモグロビン、ミオグロビン、サイトグロビンなどは共通祖先から由来するグロビン遺伝子ファミリーであり、ヒトもマウスもこれらの遺伝子をもつが、このうちヒトのヘモグロビン遺伝子とマウスのヘモグロビン遺伝子はオーソログの関係にあるといえる。

 遺伝子ファミリーの中には、突然変異などによって機能を失ってしまうものがある。例えば、変異によって翻訳の途中にストップコドンが入ったり、プロモーターの欠損による転写不能や、転写後のプロセッシングに関与する配列の欠如による成熟mRNAの形成不全などがある。このように、配列の痕跡は残っており、どの遺伝子ファミリーに属するかは明らかだが、機能的でない遺伝子を偽遺伝子(Pseudogene)という。

 魚類では毎年数百の新種記載があり、2018年現在において硬骨魚類の現生種の記載数は3万をこえる。

 栄養リボンという邦訳は、山岸宏『比較生殖学』(東海大学出版会、1995年)による。

 第8章で触れられているデンキウナギなどは、長い身体の大部分が発電器官になっており、肛門の位置が同じように著しく前方に位置する。

 酵素活性は同じであるが、アミノ酸配列の違いによって性質の異なる酵素タンパク質。タンパク質の電気泳動度の差異から、その支配遺伝子座における遺伝子型の差異を検出できる。

 生物相の分布境界線で、この線を挟んで動植物相が大きく変化する。この線の西側が東洋区、東側がオーストラリア区とされる。ウォーレスとウェーバーがそれぞれ異なる境界線を提唱した。スラウェシ島やティモール島は両者の境界線の間に位置する。

 個体や系統を識別する上で目印となるDNA配列のこと。系統間で塩基配列が異なる領域があれば、そこをDNAマーカーとして利用できる。

 ゲノムDNAを制限酵素で切断し、100〜200kbの断片を細菌人工染色体(BAC)ベクターに組み込んでクローン化したもの。大きな領域の物理地図や塩基配列決定に必要とされてきた。

 DNAマーカーや既知のクローンを用いて、配列が一部重なり合うクローンを同定する作業を繰り返し、目的遺伝子近傍のクローンコンティグを作成する方法。

 ミュラー管とは哺乳類の発生過程で将来卵管になる管で、オスではこのホルモンの働きによって退縮する。しかし、真骨魚類にミュラー管はなく、別の機能をもつと考えられる。

 メダカ博士こと山本時男博士は、1953年d-rR系統(オスが緋色、メスが白色の限定遺伝をもとに育成作出された系統、X染色体上に潜性(劣性)のr遺伝子、Y染色体状に顕性(優性)のR遺伝子をもつ、体色により遺伝的な性の判別が可能)の孵化直後から性ホルモンを経口投与して性の人為的転換に成功した。すなわちXrXrでもアンドロゲン投与によりオスとなり、正常メスXrXrと交配して、メスメダカばかりを生んだ。XrYRもエストロゲン投与によりメスに性転換し、正常のオスXrYRと交配した。性ホルモンによる性転換が多くの研究者から示されていたが、山本博士によって初めて遺伝的な性と性ホルモンによる性転換の関連が明らかにされた。コラム⑧も参照。

 コ・オプション(co-option)、遺伝子の使い回し。既存の遺伝子が新たな機能を担うようになること。

 非同義置換よりも大きな影響を与えるのがフレームシフトである。3の単位で塩基は読まれていくが、もし、3の倍数以外の挿入/欠失が起こった場合は、その後の配列が全て読み枠がズレてしまい、その挿入/欠失より後(C末端側)ではまったく異なるタンパク質ができてしまう。

008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングス(Lehman Brothers Holdings Inc.)が経営破綻したことに端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した事象を総括的によぶ通称

通称ブレグジット(英語: Brexit)とは、イギリスが欧州連合(EU)から離脱すること