私たち国際銀行史研究会は2012年に『金融の世界史』と題する本を悠書館から刊行させていただいた。同書は内容の硬い歴史書ながら、幅広い読書人に迎えられ、学会誌『社会経済史学』はもとより、『日本経済新聞』『エコノミスト』等の経済メディアに取り上げていただき、BSフジ「原宿ブックカフェ」(2013年3月15日)でも放映され、さまざまなご教示をたまわることができた。ご教示はおおむね好意的だったが「歴史と現代とのつながりがみえにくい」というご指摘もいただいた。たしかに前書は各国の金融システムの発展を社会的背景をも踏まえながら俯瞰したものだったが、第二次大戦後から現在にいたるグローバル金融のダイナミズムには手が届いていなかった。前書の刊行から6年を経て「歴史から現代への架橋」というこの困難な課題に挑んだのが本書である。
本書には、さきの『金融の世界史』とはやや異なる特徴がある。第一に、グローバル金融の展開を念頭に、編別構成を大きく変更した。前書のようなオーソドックスな経済史・金融史にあっては、各国史を並べる際は、イギリスからはじめて、フランス、ドイツ、アメリカという具合に産業革命が波及した順に並べるのが一般的だが、本書では、現在のグローバル金融の情勢を眺められるように、まずアメリカからはじめ、英・独・仏の欧州諸国のあとに日本・中国・香港・韓国の東アジア各国を配した。次いでタイとアジア通貨・金融危機をまとめて近年のアジア金融の動向に焦点をあて、インド・アルゼンチン・イスラム金融の諸章では新興国・発展途上国の金融の現在をとらえることを試みた。つづく欧州通貨統合とユーロ圏の章では欧州の歴史と現在を通覧し、最後に国際金融市場の総括的な姿を提示した。欧州通貨統合の歴史については斯界の専門家である小島健先生に、ユーロの現状については日本経済新聞社欧州総局編集委員の赤川省吾先生より、それぞれ迫力ある論考を寄せていただいた。
第二に、前書では「実体経済と金融システムの関連」に意を用いて、たとえば預金銀行業の発展と各国の工業化との関係などを論じたが、本書ではむしろ「実体経済と金融システムの乖離」に焦点をあてた。本書の各章を読み比べていただければ、各国ともに住宅金融の仕組みが戦後に出来上がり、その仕組みがやがて巨大な投機資金を呼び込んでいく様子がうかがえるだろう。あるいは、実体経済がデフレ基調に陥るなかで、多くの国が量的緩和政策に踏み出して市場にお金をつぎ込んでいく過程がみえてくるのではないだろうか。
第三に、前書では部分的にしかとりあげられなかった新興国・発展途上国の金融システムについて、歴史から現状にいたる見取り図を示したことである。本書では、中国・香港・韓国・インド・タイ・アルゼンチンの諸国・地域について、前書よりもかなり大きな紙幅を割き、専門家の方々に執筆していただいた。イスラム金融についても、この分野の第一人者である糠谷英輝先生に充実した論考をご執筆いただけたことは、類書にはみられない本書の長所のひとつとなったのではないかと自負しているところである。
いずれにせよ、私たちが「歴史から現代への架橋」を金融史に即して試みた際に大きな課題としてあらわれたのは、前書であつかった19世紀末を中心とする「歴史」と、世界金融危機が頻発する「現代」のあいだにおこった大きな変化をどのように叙述するか、ということだった。国境を越える資本移動、変動相場制、国際金融市場と国際銀行業の展開、開発と成長、さらには世界的な人口動態や生活水準の変化など、多くの解明されるべき論点が「歴史」を「現代」に転換していった。その帰趨を各章が明確にすることができたかは読者諸賢のご判断に仰ぐほかないが、本書が歴史研究の持つ現代的な意義の一端でも示すことができれば幸いである。
各章末には読書案内を付して、さらなる探求への手引きとさせていただいた。随所に挿入した人物評伝や、凝ったつくりの画像や挿画もお楽しみいただきたい。
最後になったが、ご多用の折に本書への参画をご快諾いただいた執筆者の先生方に感謝申し上げる。また本書の刊行にご尽力いただいた一色出版の岩井峰人氏にも心から御礼申し上げる。岩井氏は、前書『金融の世界史』から私たち国際銀行史研究会を担当していただいた若手編集者であり、いまは一色出版として独立された出版人である。ついでながら、岩井氏は画家の素養もお持ちで、本書に挿入した手書きのデッサンもすべて岩井氏の筆になるものである。
「歴史から現代への架橋」を志した本書が多くの読者の手助けとなり、またご高評をたまわることを希うものである。
2018年1月 国際銀行史研究会(矢後和彦)
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