セイヨウミツバチの養蜂では、年に複数回ハチミツがとれるようです。

一方でニホンミツバチは、基本的に一回のハチミツ収穫になるようです。

その一回の収穫というのは秋、10月頃がメインです。

ところで養蜂は世界で古来、行われてきました。

では日本においてはいつ頃からはじまったのでしょうか。

おはようございます。
一色出版の岩井峰人です。
(毎週月曜配信)

文献上に「養蜂」の語が初めて見られるのは、『日本書紀』とされています。

『日本書紀』は奈良時代、720年に作られた文献です。

この文献の記述によれば、
「百済から渡来した人が奈良の三輪山で養蜂をしようとしたが失敗した」とされます。

失敗してしまったものの、養蜂の語が見られます。

しかし、実際に「養蜂」という語こそ出てきませんが、養蜂のことを記述したものと思われる記載が他の箇所にあります。

推古天皇35年(627年)、「ハエの大群が集まり、鳴く音は雷のごとく。東方の上野国(現在の群馬県)に至る」とあります。
この「ハエの大群」こそ、ニホンミツバチとされます。

またこの様子は、分蜂を描写したものとされます。

平安時代になると、明らかにニホンミツバチ養蜂が行われていたことが確認できます。

『延喜式』(905〜927)にはその記録が見られるようです。

そこでは、「蜜の献上、甲斐国(山梨県)より1升、相模国(神奈川県)より1升、備後国(広島県)より2升……」とあります。

原始的な方法にせよ、平安時代には日本各地にニホンミツバチ養蜂が定着していたことがわかります。

養蜂が本格的に行われたのは江戸時代になってからとされます。

養蜂技術をハチの生態とともに詳しく書かれたものに『家蜂蓄養』(1791)があります。

巣箱の作り方や分蜂の際の注意点、スズメバチによる被害などが書かれています。

まとめますと、
・『日本書紀』において最も古い「養蜂」の記録が見られる
・平安時代に日本各地にニホンミツバチ養蜂が定着
・江戸時代になって本格的な養蜂が行われる
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今回の内容は以下のものをもとにしています。
・佐々木正己『ニホンミツバチ』2011

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