昆虫から見える世界を描いた作品は多く知られています。
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確かに、昆虫たちには人間にはわからない、独自の世界を生きているのでしょう。
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ユクスキュルという生物学者が言うには、あらゆる昆虫は人間とは異なる独自の世界に暮らすとされます。
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それぞれの昆虫は固有の器官、固有の運動する仕組みをもっています。
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固有の器官・仕組みに応じて、独自の意味体系のなかで暮らしているということですね。
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この様子を示す言葉に、アフォーダンスというものがあります。
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この言葉は、生き物が環境から情報を受け取る時、何らかの意味ある、または価値のあるものとして受け取る、という面を特に強調した言葉とされます。
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言い換えると、単に網膜に映ったものを情報として利用しているわけではなく、目的に応じて意味づけされているとされます。
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しかし、昆虫に固有の目的や意味づけなど、存在するのでしょうか。
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単に環境に反応して暮らしているだけの印象を受けないでしょうか。
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まずは、人間の世界、特に外界に敏感に反応しなければならない状況を見てみましょう。
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そのような例に、戦闘機のパイロットがあげられます。
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パイロットは音速のスピードのなかで、特に正確にかつ素早く外界を認識しなくてはなりません。
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パイロットが認識しようとするとき、単に網膜に結像された外界の情報を利用しているわけではないとされます。
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認識対象の表面上の様子(テクスチュア)や面のつながりや動きなどを、正確に素早く把握することを通して、自分固有の世界を成り立たせているとされます。
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ここでは、自分(自機)が進むことによって周りの見え方が変化します。
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その変化を通して、自分の姿勢、動いている方向を把握することが成り立っています。
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このような、固有の意味付けられた情報(アフォーダンス)は、普段の身の回りでもうかがえます。
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例えば人間では、肩幅の1.3倍以下になると、体をよじってすり抜けようとするようです。
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またカマキリでは、前肢の幅で捕獲できるサイズの獲物が前肢が届く範囲に来たときに初めてカマをのばすとされます。
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「すり抜けられる」「捕獲できる」というように、意味付けられ、価値のある情報(アフォーダンス)が認識されます。
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カマキリ以外の昆虫でも、固有の世界がアフォーダンスによって成り立っている例が知られています。
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チュニジアの塩田で、死んだ節足動物を採餌するアリの一種にCataglyphis fortisがいます。
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このアリは、広い砂漠のような塩田の中できちんとエサに到着できます。
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Cataglyphis fortisはウマアリ属の一種とされ、その名の通り脚が長く、長距離を歩行することが知られています。
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ウマアリ属の一種Cataglyphis fortis
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100メートルを超える長距離にもかかわらず、どのようにエサのありかから巣に辿り着けるのでしょうか。
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何しろ塩田のような均質的な場所では、目印となるランドマークがほとんどありません。
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巣へ正確に帰るには、優れた方向感覚がなくてはなりません。
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このアリのナビゲーションシステムを支えるものの一つは、臭いです。
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フェロモンをもとにした経路をたどることで、帰巣できるようです。
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このアリは、空の光線の分布を把握しながら、エサを探すようです。
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エサをとった後も、保持された光線の分布情報をもとに、ほぼ一直線に巣に帰ることができます。
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何しろ塩田という砂漠という環境上、短時間で帰巣しないと乾燥で命を落とすことにもなりかねません。
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また、巣とエサとの距離を、歩数を通して把握していることも報告されています。
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そのため、実験的に脚を切断して短くすると、歩数が乱れるために帰巣がうまくできなくなるようです。
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この観察によって、このアリは歩数をもとにした座標系を持つことが指摘されます。
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このように、昆虫はもともと、固有の器官や行動の仕組みによって、実際に生息する環境世界が成り立っています。
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また、相応しい環境世界に暮らせるように、固有の器官や行動の仕組みを発達させてきたと言えるのかもしれません。
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このような固有の環境世界を成り立たせる様子が、上記のアリ以外でも実験的に確かめられています。
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例えばカイコガでは、オスがメスのフェロモンを感じると、ぐるぐる回って婚礼ダンスを始めます。
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その時、羽ばたきも同時に行います。なぜでしょうか。
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それは、羽ばたきによって前方から空気を吸い込み、匂い情報を集めるためとされます。
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さらに、婚礼ダンスによって360度から匂い情報を集めることによって、匂いの元=メスの居場所を特定できるとされます。
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その証拠に、オスの羽を全て切り落とすと、メスの居場所を特定できないどころか、すぐ横にいても気づかずに通り過ぎてしまいます。
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今回の内容は佐久間正幸「昆虫はいかにして匂い源に向かうのか?」『昆虫科学が拓く未来』(京都大学出版会)をもとにしています。
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