エネルギーの革命とは? 何がもたらされたのか?

「エネルギー」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

物体や系が持っている仕事をする能力の総称。
活動の源として体内に保持する力。
(ウイキペディア「エネルギー」より抜粋)

多くの方の「エネルギー」に対するイメージは、上の引用のようなものになっているのではないでしょうか?

では実際、生活している中で、エネルギーとはどこに存在するものか、具体的にイメージできるでしょうか。

目に見えるものではないので、「具体的にイメージ」と言われると、少なくとも即答できる人は少ないかもしれません。

では少し身の回りのものを見渡してみましょう。
この記事を読んでいる皆さんの身の回りには、たくさんのモノが溢れていると思います。

もちろん、これを書いている自分の周りを見まわしてみても、目の前にあるPCやスマホといった新しい電子機器があり、またこれから外出するのに利用するバスと電車、朝食の準備に使った家電製品などなど。

これらは確かにさまざまな「仕事をする能力」をその内部に持っている、つまりエネルギーを持っていると言えると思います。

これらを大きく分けてみましょう。

PCやスマホまた電車の場合、電力を使ってエネルギーを発生させて働いています。

またバスや飛行機など交通機関の場合、ガソリンなど液体状の燃料が動力に使われて働いています。

このように見てみると、自分たちの身の回りのエネルギーには、
①電力を利用したもの
②熱を利用したもの
というふたつを利用したものが挙げられます。

このうち熱の利用は、太陽の熱などをの自然のエネルギー利用をのぞくと、「燃やす」ことで可能になります。
つまり火の利用です。

熱の利用は、ほとんどが「燃やす」ことによって可能になっている

火の利用は、人類のエネルギー利用のなかでも、最も古くから利用され始め、今の生活にいたるまで利用され続けて、まさに人類が存続し、反映してきた必須のエネルギーの元と言えるでしょう。

では火の利用は、どのように始まったのでしょうか。

この記事は『エネルギー資源の世界史』「第3章 エネルギー利用技術の歴史的概観」をもとに作成しています。

第一次エネルギー革命:火の利用による活動の拡大

一番はじめに火を利用したのは、およそ50万年前(一説には150万年前)の北京原人とされています。

北京原人像

では、火の利用によって何ができるようになったのでしょうか?

まず挙げられることが
①寒さの厳しかったヨーロッパやアジア北部に移住できたこと
遠くの地への移住ができるようになります。

人類の起源は東アフリカとされていますが、そこから寒冷な北部ヨーロッパや北アジアにも移住ることができるようになりました。

他にも
②肉などの加熱調理ができて、栄養摂取が効率的に。
③危険な動物から身を守ることで可能に。
④土器、のちには青銅器や鉄器の製造が可能に。

主にこれらのことが、火を利用することによってできるようになったとされています。

人の住める場所が拡大し、栄養摂取がしやすくなり、外敵から身を保護し、ものを保存したり、戦闘での武器が発達したことは、人類の発展を促したことにつながったことも容易にイメージできると思います。

ただし、火の利用は自然エネルギーを利用したにすぎず、人間のことロールできないものです。
ここからさらに多くのエネルギーを効率的に利用できるようになるには、次のステップが必要になっていました。

産業革命より以前のエネルギー利用:「おじいさんは山へ芝刈りに」

「おじいさんは山へ芝刈りに」で始まる桃太郎は、日本人のほとんどの人が知っていると思います。
冒頭に出てくる有名な上の一文ですが、これは産業革命より以前のエネルギー事情をよく表しています。

産業革命より以前は、山などに芝刈りや薪拾いに行き、自らがそれを調理などに利用していました。

つまり自分がエネルギーの供給者であり、自分が消費者であり、両者はまだ同じ人が行っているのがほとんどでした。

その後は、以下のような動力の進歩がありましたが、やがていずれの動力もより大きなエネルギーの需要に応えられなくなっていきます。

  • 農業の開始とともに家畜、ローマ帝国での水車、農業・手工業の発達とともに水車が普及
  • 「くびき」発明とともに馬の利用が急増(一馬力が引き出せるように)
  • 風車に発明で、粉挽きだけでなかう、鉱山での巻き上げに利用

18世紀になると、時代は新しい動力源の出現を渇望していました。

第二次エネルギー革命:熱利用の革新と石炭

これまでは主に、畜力、水車、風車という自然エネルギーを利用して、動力を得ていました。
これ以降は蒸気と化石エネルギーを利用することへと変化していきます。

画期となったのは1712年、イギリスの発明家ニューコメンの蒸気機関の開発です。
さらにジェームズ・ワットによる改良で飛躍的に利用効率が上がりました。

ジェームズ・ワット

この蒸気機関の開発によって、これまでの自然エネルギー動力から、石炭を燃料とする熱機関への転換が起こります。
また、この転換は、のちの交通革命につながっていきます。

熱機関の利用は18世紀末にはじまるイギリスの産業革命を進めていきます。
さらに全世界的に見られる産業革命の進行、つまり工業生産力の拡大、交通革命による輸送量の増加などが見られます。

一口で言うと、経済発展のほとんどが、化石燃料(石炭、石油、天然ガス)を利用した熱機関の活躍に支えられていきます。

第三次エネルギー革命:液体燃料の利用

蒸気を利用した熱機関によって、経済だけでなく、人々のライフスタイルも大きく変化していきましたが、さらにインパクトを与えたのが、内燃機関の登場です。

ダイムラーによる1886年製の自動車(https://www.upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/76/Daimler_Motorized_Carriage_IMG_0848.jpg/1280px-Daimler_Motorized_Carriage_IMG_0848.jpg)より

それは1885年、ゴットリープ・ダイムラーによる自動車エンジンの開発に始まります。
この時開発されたのは、自動車の原型です。
また燃料はガソリンでしたが、当時は現在とはガソリンの価値が大きく異なり、石油を精製していく途中に発生する産業廃棄物という意味しか持ってなく、安価に入手できるものでした。

さらに、1908年、フォードがT型フォードを製造し、10年間で500万台を販売し一気に普及していきます。

ただし、自動車という小型な内燃機関は熱効率が10%ほどと、かなり低いままでした(大型火力発電所の発電効率は42%)。

では、内燃機関を大型化すればいいのかかと言えば、「規模の不経済」の問題が出てきます。
これは、限度を超えて大型化すると、かえって経済性が悪化する、という現象をさしています。
つまり500人乗りのバスや5000人が乗れる旅客機が出てくるかといえば、採算が合わなくなるために、開発されることはほとんどないというふうにたとえることができます。

エネルギー生産者と消費者の分離

熱を利用して動力を発生させるという方法は、徐々に不都合を生じさせていきます。

というのも、さまざまな場所で動力を発生するようにするには、動力を発生させる機関、動力源を小型化して、エネルギーを必要とされるすぐ近くの場所に配置する必要があります。

この課題を解決したのは、熱による動力の発生という従来の方法ではなく、電気を送る仕組み、送電システムの進歩によるものでした。

日本でも有名なニコラ・テスラというセルビア人によって、送電システムは開発され、発展していきました。

ラボラトリーでの実験風景(https://www.wellcomeimages.org/indexplus/obf_images/4c/6e/da5709a57832dbbb048ba4a17fe6.jpg)より

テスラの業績、またエジソンとの有名な対立である「電流戦争」については、『エネルギー資源の世界史』「第8章 水力」の中で詳しく解説しています。

彼によって、

  • 高圧交流送電が可能になる技術が普及していった
  • 電力というエネルギーを産む発電所が、山間や海岸など、最も好都合の土地を選ぶことができるようになった
  • 実際にエネルギーを使う工場も、立地の制約を受けなくなるようになった
  • 工場の内部においても、自由なレイアウトが可能になり、生産性が著しく向上した

これらのことは、以下の文章に要約されます

「エネルギーの生産者と消費者の分離」

また電力は、
・現代人のライフスタイルを成立させている家電製品や電子機器を直接駆動できること
・制御が容易であること
・爆発や中毒のない安全なエネルギーであること
こういった強いメリットをもち、人々の生活に欠かせないものになっていきました。

以上のように、世界規模での産業や経済、さらに人々のライフスタイルの変化などは、エネルギー利用技術の進展が原動力となってきたことがわかります。

この記事では、『エネルギー資源の世界史』の一部をもとに作られていますが、本の中ではさらに広く、石油や石炭、原子力などのエネルギー資源の利用技術が開発されていく様子を通して、いかに世界史を動かしてきたかが、多くの写真や詳しい解説やコラムによってわかると思います。

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ミエリン鞘はとも呼ばれ、軸索に巻き付いて絶縁体として働く構造である。これにより神経パルスはミエリン鞘の間隙を跳躍的に伝わる(跳躍伝導)ことで神経伝達が高速になる。ミエリン鞘は末梢神経系の神経ではシュワン細胞、中枢神経系ではオリゴデンドロサイトから構成される。

脳の中にある空洞のこと。脳脊髄液で満たされている。脊髄にあるものは中心管と呼ばれる。

神経堤細胞は脊椎動物の発生時に見られる神経管に隣接した組織。頭部では神経、骨、軟骨、甲状腺、眼、結合組織などの一部に分化する。

細胞の生体膜(細胞膜や内膜など)にある膜貫通タンパク質の一種で、特定のイオンを選択的に通過させる孔をつくるものを総称してチャネルと呼ぶ。筒状の構造をしていて、イオンチャネルタンパク質が刺激を受けると筒の孔が開き、ナトリウムやカルシウムなどのイオンを通過させることで、細胞膜で厳密に区切られた細胞の内外のイオンの行き来を制御している。刺激の受け方は種類によって多様で、cGMPが結合すると筒の穴が開くものをcGMP依存性イオンチャネルと呼ぶ。TRPチャネルも複数のファミリーからなるイオンチャネルの一群であり、非選択性の陽イオンチャネルである。発見された際に用いられた活性化因子の頭文字や構造的特徴から、A (Ankyrin), C (canonical), M (melastatin), ML (mucolipin), N (no mechanoreceptor), P (polycystin), V(vanilloid)の7つのサブファミリーに分類されている。TRPは、細胞内や細胞外の様々な刺激によって活性化してセンサーとして働いたり、シグナルを変換したり増幅したりするトランスデューサーとしての機能も併せ持つ。温度センサーやトウガラシに含まれるカプサイシンのセンサーとしても機能していることが知られている。

任意の遺伝子の転写産物(mRNA)の相同な2本鎖RNAを人工的に合成し生物体内に導入することで、2本鎖RNAが相同部分を切断して遺伝子の発現を抑制する手法。2006年には、この手法の功績者がノーベル生理・医学賞を受賞している。

様々な動物種間で塩基配列やアミノ酸配列を比較することによって、類似性や相違を明らかにする手法。この解析によって動物種間の近縁関係や進化の過程を予測することが可能になる。

発生過程で神経管を裏打ちする中胚葉組織であり、頭索類・尾索類では背骨のような支持組織としての役割を持つ。脊椎動物では運動ニューロンの分化を誘導するなど発生学的役割を持つ

魚類に顕著にみられる鰓のスリットで、哺乳類では発生の初期にはみられる。発生が進むと複雑な形態形成変化が起き、消失するが、外耳孔などは鰓裂の名残ということができる。

動物の初期発生において最初の形態形成運動として原腸陥入が起こる。原腸は消化管に分化する。この原腸陥入によって生じる「孔」を原口と呼ぶが、これが将来の動物の体の口になるのが前口動物であり、肛門になるのが後口動物である。半索動物、脊索動物は後口動物である。

ナマコの幼生のことをオーリクラリア幼生と呼ぶが、ウニのプルテウス幼生、ヒトデのビピンナリア幼生、ギボシムシのトルナリア幼生など、形態的共通性をもつ幼生全体をまとめてオーリクラリア(型)幼生と呼ぶ。今日ではディプルールラ型幼生という呼び方が広く使われている。この説はガルスタングが1928年に提唱した。その時代にはオーリクラリアという用語が使われたため(ディプリュールラ説ではなく)オーリクラリア説と呼ばれている。

Hox遺伝子はショウジョウバエで発見されたホメオティック遺伝子の相同遺伝子である。無脊椎動物のゲノムには基本的に1つのHoxクラスターがあり、脊椎動物のゲノムには4つのHoxクラスターがある。Hoxb1は4つあるクラスターのうちのBクラスターに属する1番目のHox遺伝子という意味である。

脊椎動物胚の後脳領域には頭尾軸にそった分節性(等間隔の仕切り)がみられる。この各分節をロンボメアと呼び、図14に示すように7番目までは形態的に明瞭に観察できる。

脊椎動物のゲノムにはふたつか3つのIsletが存在する。Isletは脳幹(延髄、橋、中脳)の運動性脳神経核に発現して、運動ニューロンの分化に関与している。

感桿型では光刺激はホスホリパーゼCとイノシトールリン酸経路を活性化させる。繊毛型ではホスホジエステラーゼによる環状GMPの代謝が関与している。

気嚢による換気システムは獣脚類と呼ばれる恐竜から鳥類に至る系統で段階的に進化していったと考えられる。

このような特異な形態は胚発生期には見られず、生後に発達する。その過程は頭骨に見られる「テレスコーピング現象」と並行して進む。

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