アメリア・ブルーマーは、冬場に引火してたびたび焼死にいたらしめた着脱困難な重い衣服を脱ぎ、ウエストを17インチにまで締め付けることが望ましいとされたコルセットを外して、代わりに動きやすい、トルコズボン風の衣服を着用することを推奨した。

新しいズボンは推奨者の姓からブルーマーと呼ばれるようになり、動きやすい靴と一緒に、次第に広まってゆく。

19世紀後半には、女子大学でも野球が始まり、19世紀末になるとバスケットボールが流行した。

上流階級の女性は閉鎖的な社交クラブのコートで、ブルーマーを着用してスクワッシュやテニスの腕を競い合い、労働階級の女性の中には、競走、ボクシング、レガッタなどで名をあげる者も出現した。

また中産階級の女性を中心にクローケー(ゲートボールの原型)が大流行し、家庭やリゾート地で、ふくらんだスカートをたくし上げて脚を見せて行なうプレイがセンセーションを巻き起こした。