イギリスやフランスなどで発達した近代スポーツがロシアで普及したのは、19世紀後半のことである。この時期、乗馬や射撃、フェンシング、体操、自転車、テニス、重量挙げ、ヨット、スケートといった競技が行なわれるようになり、サンクト=ペテルブルグやモスクワには、各種スポーツのクラブが次々と誕生した。

 国際的に活躍する選手も現れた。その一人のアレクサンドル・パンシン(図1)は1889年、スピードスケート(1500メートル)で世界記録を出し、アムステルダムの世界大会でも89年、90年と連覇を飾った。

 1863年にサンクト=ペテルブルグ北方のセストロレツクに生まれたパンシンは、鉄道で働いていたが、スケート競争で勝利を重ね、やがて国際大会にも出場するようになった。彼は記録を伸ばすために、ブレードを長いものに改良したという。スピードスケートの世界チャンピオンとなった後は、フィギュアスケートに転向し、新しい舞台でもロシア選手権で3連覇を飾っている。だが、妻との結婚生活が行き詰まり、1904年に自殺に追い込まれた。